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【小説】オサムが死んだ イケダさん
オサムと言う人間が誰であったか記憶を遡っていくと同時に、目の前の人間に心当たりがあるかどうかも考えていた。
駅から伸びる坂道に沿って立ち並ぶ細い商店街のひとつ、古びた食堂で知らない男と対面している。駅から坂道を登りきるここまで断ろうにも断りきれず、と言うより家までついてこられても迷惑なので仕方なしと言った具合でこの店に入った。
地元にあるのは知っているが入った事のない店だった。
前掛けをした女将が注文を取りに来たが「すぐに出るのでお構いなく」と言った。飲食店に来て何も頼まない客に対して怪訝な顔をしたが、対面に座る男の風体の怪しさも相まってか女将は何も言わずに厨房へと戻って行った。
とにもかくにも、私はこの男の事を知らない。
「それで」
私はグラスの中のぬるい水をひとくち飲んだ。
「私に何の用なんですか」
「いや、用と言うよりは」
男は視線を商店街の小さな三差路に向けたままでいる。サングラスには商店街の様子が歪んで映っている。「オサム、死んだので」と小声で続ける。
「だからそのオサムって」
そう言いかけたところで急に思い出した。
弟が通っていた小学校、その同級生の兄。厭な記憶と言うほどでもないが、思い出すほどの価値も無い。取るに足らない、と言う感覚以下の単なる思い出だった。
「あぁ、あのひと」
あのひと、と言うには今の様子を知らないし、かといってあの子と言うには自分も歳を取り過ぎている。確か同年代だったはずだ。
「知ってますよね」
「知っていると言うか、まぁ、知り合いではあるけど」
本当にその程度だ。連絡を取らなくなって久しい。そもそも連絡を取っていたのも一瞬だけの話だ。
この男はそれをどうやって知ったのか。私の事もどうやって知ったのか。
気持ちが悪いと思った。
この男もオサムもだ。
そもそも何故、私が今もここに住んでいる事を知っているのか。もしかしたらオサムと言う男がどこかから見ていたのだろうか。そしてそれをこの男に話した。何をどう話したのかこの男は私にそれを伝えた。
「何でその、オサムが死んだことを私に」
「いや、オサムが死んだので」
それは知っている。
男は顔をこちらに向けると「特に、理由なんて無いっす」と言った。
その瞬間に思い出した。それはオサムが20年も前に私に言ったことだ。
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