【短編小説】ポイントat the 西日暮里ロータリー
砂利川 銭太郎はポイントだとかクーポンだとか、そう言う惨めったらしいシステムが嫌いだった。
そんなものは消費活動に対する侮辱だと思っていたし、その侮辱を嬉々として受け入れて活用する人々のことを気持ち悪いとすら思っていた。
「ポイントなんて、毎回こっちが円以下の端数、何銭かを多く払って還元してるってだけのデポジットじゃないか」
銭太郎は自動販売機のボタンを押しながら言った。重々しい落下音と共に、缶コーヒーが出現する。
取り出し口に手を伸ばした銭太郎は、その缶の熱さに舌打ちをした。
「それならいっそ、とことんまで活用した方が良かろう」
凛 吝也はそう言って、缶コーヒーを手の中で転がす銭太郎を見ながら、自分はタンブラーに入れたコーヒーを啜った。
銭太郎が割高の商品を買う意味が分からない。業務スーパーに行けば半額で売っている。
件のコンビニだって利便性が高いと言うだけで何一つ安くは無い。
銭太郎は何の銘も打たれていない、ただ安いだけのインスタントコーヒーをタンブラーで飲む吝也を見ながら少し笑った。
「複数のポイントカードだとかアプリで管理するのが面倒、だから囲い込みができる。資本主義としては正しいだろうさ。
オマケに消費者の殆どが無意味かつ無目的に、ただポイントをその時に溜めるだけだ。
熱心なヤツからすると、無尽(ググれ)で総取りできる便利なカモだよな」
そう言うと130円の缶コーヒーを一息に飲み干して、自動販売機の横に設置されたゴミ箱に入れた。
青いゴミ箱は空き缶を飲み込むと、乾いた音のゲップで返事をした。
吝也は自分の事を言っているのか考えながら
「実際にその通りだよ、素直に囲い込まれておいて損はしない。生活の全てをそこ中心に置くんだ。
ポイント2倍の日にしか買い物をしないとか、数円安いからって他のコンビニとかスーパーに行かない。
そうやって他人のポイントまで回収して回れば、溜めたポイントでマンションだって買える」
そう言って、タンブラーの蓋を閉めた。
蓋は空き缶を投げ込まれたゴミ箱の様な音を立てた。
「ポイントが前払いの現金だと言うのは同意する。それも他人の金だ。そう思うとポイント2倍の日にしか何かを買う気になれない。
買い物をするだけで他人から金が貰えるんだぜ?こんなに得する事は無いだろ」
吝也は熱っぽく言ってみたが、銭太郎には響かないだろうなと分かっていた。
その銭太郎は吝也を見ずに
「たかだか数円安いからって隣駅のスーパーままで行ったりするのは狂気の沙汰だ。そこは同意してくれるだろ。
時間と手間に見合っているかどうかなんだよ。
ポイントも同じなんだ。
ポイント2倍じゃないから買うのを我慢する、ポイントを持ってる店じゃないから買わない。
そうやって我慢して溜めたポイントで狭小マンションを買って、それでいいのか」
そう言うと、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
吝也は銭太郎が吸う煙草と言うのも理解できなかった。
コーヒーはまだ分かる。カフェインと言う物質で覚醒を促すだとかと言う理由がある。
だが煙草は火をつけて燃やして煙にするだけで何も残らない。
そんなものは馬鹿がする嗜みだ。
ポイントなんて関係が無い、と言う銭太郎らしいと言えばそうだが。
「それで、どうすんだよ」
銭太郎は不貞腐れて訊く。
「今日はポイント2倍、しかも早朝割に新人割ときたもんだ。
だがお目当ての嬢が欠勤。
さぁ、お前の決断は?」
吝也はロータリーに降る雨を見ながら、たまには銭太郎に何かおごってやらなきゃなと思った。
だがそれも、できたらポイント2倍のコンビニかファミレスで済ませたい。
黒い高級ミニバンに乗り込む男たちを見送りながら、吝也は西日暮里駅前ロータリーに降る雨をじっと眺めていた。
いつまでも、いつまでも。
おしまい。