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Re: 【短編小説】共同風呂トイレ付国営住居


 吉礼茅羅 腕時計(きれちら かしお、以下CASIO)は怒っていた。
 それはインターネットで見る暇つぶしの義憤や、アカじみたお祭りの公憤とは違う。単なる私生活に於ける私憤だった。
 CASIOはストレスでハゲ散らかしそうなのを、爆食でどうにか耐え忍んでいた。

 今週の怒りは上石神井で始まった。
 バスターミナル横にある雑居ビル一階に入っている不動産屋は、入るなり
「どう言った御用件ですか?」
 なんて訊きやがる。
 茶でも飲みに来たと思ったのか?
 そんな担当の縦巻き髪アホ子は、予算オーバーの賃貸しか提示して来ない。
 CASIOが求めているのは六万以内だと言ってるのに。
「おい、全部七万弱ってのはどう言うことだ?」
 CASIOが縦巻き髪アホ子に尋ねた。
 すると奥で座って茶を飲んでる青縞服キャシャ男が腹立たしい笑い方をした。
 だからCASIOは、出された茶を一息に飲み干すと見せかけて昼飯に食った四川風満州ドロドロ麻辣坦々あぶらそばを吐き戻した。
「ざまぁみろ」
 吐瀉物でヨレヨレになった口を、アホ子の縦巻き髪で拭いながらCASIOは言った。


 カーペットの清楚は土日を挟んで月曜日だろ?なら3日くらいは働く気を無くせばいいんだ。小口客を馬鹿にしやがって。 
「たかが弱小の町不動産屋風情がイキり散らかしてるんじゃあないよ」
 CASIOは青褪めた青縞服キャシャ男を見据えた。あれが色黒ツーブロックのスーツぱつぱつ野郎だったら吐き散らかせたかは分からない。
 事務所に溢れる新鮮なゲロの臭いに誘発されて、ついに縦巻き髪アホ子が吐いた。そして青縞服キャシャ男がさらに貰いゲロをした。
「ざまぁみろ」
 CASIOは軽く勃起しながら不動産屋を後にした。
 貧乏人を相手にしたくないなら、得意の立て看板に高級賃貸専門とか書いておけばいいんだ。
 果たして上石神井ごときで成立するのか知らないが。




 CASIOがその前に訪れた不動産屋もアホだった。不動産屋はアホしかいないのかも知れない。
 CASIOが内見に行く時、
 営業用のシミったれた軽自動車に乗ると、色白皮脂男が世間話のつもりで
「何の仕事してるんですか?」
 なんて訊いた。
 馬鹿だから今までCASIOが書いた書類なんて読んでないらしいが、米粒ほどの社会性を発揮したCASIOは虚業を恥じらいながら「テレビの関係を、ちょっと」なんて答えた。


 すると馬鹿の不動産屋は嬉ションでも漏らし散らかす勢いで振り向くと、皮脂で輝くレンブラントみたいな顔をCASIOに向けた。
「本当ですか?ぼく、この仕事の前は芸人やってたんですよ!テレビとかも少し出たことあって」
 CASIOは言葉を失った。
 じゃあ何か、その芸人で食う夢を諦めて不動産屋と言う実業に就いた皮脂男に何て声をかけたら良いんだ?
 過去に組んでたコンビだとか芸名、所属事務所だとか同期とか夢を諦めた理由とかを尋ねろとでも言うのか。

 膨らみ続ける皮脂男の鼻腔を見ながら、CASIOは自分の中で怒りが膨れ上がっていくのを感じた。
「なんで現状はお前の客であるお前に気を使って何から何まで尋ねてやらなきゃならねぇんだ?」
 CASIOは呟いた。
「え?」
 皮脂男は豆鉄砲をクソでか鼻腔に詰められた顔をした。
「痩せろ。あと顔を洗え、客を馬鹿にしやがって。
 どうせADも付いてねぇクソ賃貸しか借りねぇ貧乏くさい客だよ。悪かったな」
 そしてCASIOは車内でクソを漏らした。それはニンニクと背脂でどうにかなりそうなやつだった。
「1週間は芳香剤とクソの臭いを循環させながらゲーセンの便所みたいな環境で同じことを他の客にも言ってみりゃいいさ」
 CASIOは不動産屋の車を降りて帰った。
 サルエルパンツを履いていて良かったと思った。


 今日の不動産屋に至っては最高に最悪だった。まるでイブ・クラインの地獄絵だった。
 CASIOが最寄駅に着いた連絡をするまで手付かずだった内見予定の物件が、事務所に歩いて到着するまでに決まっちまったなんて真顔で言われたのだ。
「マジかよ」
 やりやがったな?胡散草ハゲ太郎がよ、と言うのを社会性で耐えたCASIOだが、やはり肛門から何か出す準備をした。

 胡散草ハゲ太郎はそんなことを露知らず、半笑いで言った。
「残念です、しかしこちらの物件はどうですか」
 そのクソ物件の論外っぷりは酷いものだった。
 どうやって西東京希望の人間に東東京の荒川下流域を勧めようなんて気が起こるのか親切丁寧に訊いてやりたくなる。
「そんな物件ハナからなかったんだろ」
 って訊いたら、胡散草ハゲ男は半笑いで首傾げやがった。
「馬鹿にしやがって」
 吃驚してクソが直腸から胃の近くまで逆流してしまったCASIOは、予め用意していたライターオイルを撒き散らかして火を付けた。

「これがおれの全てだよ」
 CASIOは両手を広げて笑った。
「どいつもこいつもおれを馬鹿にし散らかしてるんだ」
 あんたもだよ、調書とってるんだろ?
 CASIOは目の前に座る善玉役の刑事を見た。
「馬鹿にしてっとここでクソすんぞ。どうせブタ箱に行けば頼まなきゃ流してくれねぇんだろ?ならてめぇらで掃除しやがれ」
 悪玉役の刑事が備え付けの電話を取った。
「おう、出前なら俺のも頼むわ。冷やし竹輪天蕎麦な。紅生姜大盛りでつけてくれ。ベタベタの竹輪天油を紅生姜でサッパリさせるのが気持ちいいんだ」
 悪玉役の刑事が鼻で笑った。
 CASIOは逮捕される前に何か食っておくべきだったと後悔した。


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