【超短編小説】安全装置の外し方 ソーネチカ
家賃を払いたくない。
光熱費通信費も払いたくない。
水道代を払わないで止められたりしてみたい。家賃を滞納して鍵を変えられたりしてみたい。
財布の中身を確認しないでレストランに入りたい。
通帳記入なんてしたくないし、アマゾンで購入履歴なんて見たくない。
ちゃんとしない事がどう言う事かなんて考えたくない。
朝起きて時間前に出勤して無難に仕事をしながら生きるなんて事ができる普通の人間だなんて知りたく無かった。
ホイールの軸が歪んだままのルイガノで乗り付けてソーニャと遊んで眠りたい。
「ちゃんとしてぇ」って言いながらソーニャの部屋で朝から酒を飲んで、日がな一日小説を書いて、ソーニャが仕事から帰ってくるのを待ってたい。
気が向いたら夜は駅までは迎えに行こう。暖かい飲み物を買って改札で待とう。帰りに肉まんか何か買って手をつないで帰ろう。
でもおれ会社員を十年もやって、仕事を辞める気も転職する気も無くして、染みったれたベランダで煙草しゃぶってる。
毎日ちゃんと寝て起きて仕事行ってる。
ちゃんとしたくねぇ。
親父がニセモノだと笑っていたロレックスは30万円にもなるから持って帰ってきた。
ちゃんとしたくねぇ。
大家さんは殺せないしソーニャは俺を笑うばかりだ。
ちゃんとしたくねぇ。
なのにお巡りさんはこっちを見ているから俺はラバーソールの踵をすり減らしていくだけで
ちゃんとしたくねぇ。
境界線のこっち側でビビりながら場外馬券売り場の片隅で外れ馬券を栞にして本を読む。
ちゃんとしたくねぇ。
波打ち際で足を洗われながら帰り道だけがちゃんと見えてる。
「ちゃんとしてぇ」って言いながらソーニャの部屋で朝から酒を飲んで、日がな一日小説を書いて、ソーニャが仕事から帰ってくるのを待ってたい。
気が向いたら夜は駅までは迎えに行こう。暖かい飲み物を買って改札で待とう。帰りに肉まんか何か買って手をつないで帰ろう。
一緒にドアをあけて、ただいまとおかえりを言うんだ。
バスタブの横にあるベッドでソーニャは「安全装置の外し方を知ってるあなたは狡いわ」と笑って薄いドレスを着た。
俺は靴下の左右を確認して足を通した。
帰り道の月はとても綺麗でした。