Re: 【超短編小説】部活辞めたってよ
岬の先端には誰もいないのでひとまず安心した。
空は気を違えた事に気づかず、誇らしげな顔でその青さを散らかしていた。
太陽は無遠慮に照りつけ、風は臆面もなく吹き付ける。自分で選んだとは言え、何もせずに帰りたくなってきたのも確かだ。
おれは原付バイクのキャリアケースから荷物を取り出した。
藍色の道着が、柔らかい音を立てて風に踊る。
橙色の糸で刺繍された学校名が夕陽に光った。
「今さら光られてもな」
おれはついぞ、光を浴びることが無かった。報われることが無かった。それはおれの弱さだ。
「努力に対するせめてもの賞賛か?」
馬鹿馬鹿しい。誰に誉められたくてやっていた訳じゃない。認めて欲しいこともない。認めさせる事ができない自分の不徳だ。
感傷的だ。
唾棄すべき脆弱さだ。頑張った、努力した。そんなもの、勝利に比べれば何の価値も無い。敗者には名誉も無いし敢闘賞もない。
おれは負け犬なのだ。
落日の敗者だ。
夜の色を帯び始めた波が迫る。
波頭は黄色く光り、潮風は粘度を上げて沖へと誘う。
やはり朝にするべきだったか?だがもう遅い。
おれが手を離すと、藍色の道着は一匹の巨大な蝶のように舞い、不安定な飛び方で夜色の深くなる海に向かっていった。
袴も同じように放った。袴が見えなくなる頃には、気分は晴れやかになった。
面だの小手だのは、ペール缶の中に入れて燃やした。燃え切らなかった金具の類が缶の底で黒くなっている。
おれの春は黒くなった。
それでいい。夢は夢だ。破れたのならそれは灰だ。いつまでも青くあって良いものじゃない。
原付バイクが、マフラーからストンと間抜けな音を吐き出した。
なんだよ?
「もう、やらないの」
あぁ、もう良いんだ。
「折角、中高6年やったのに」
だから、だよ。
「だから?」
大学に入って環境がリセットされたら、また一年坊からやり直しだろ。
「そうすると、どうなるの」
パシリから出直してまで、やりたい事じゃねぇよ。
「そっか」
あぁ。
「じゃあ、何するの」
決めてねぇよ、そんなこと。
「そっか」
あぁ。
別に何かを信じていた訳じゃない。
おれがやっていたのスポーツ化した武道だ。そして俺は弱かった。
不向きだった。ただ辞めなかった。
それは意地だ。または怠惰だ。向上心の欠落した努力だ。
低く飛び続けるだけの醜いカモメだ。
おれはジョナサンになれなかった。
落日の敗者に得られるものはない。
「きりもみして、飛んで、速く飛んでみたかったんだ」
それだけだ。おれでは足りなかった。おれでは届かなかった。
だからさようならだ。
おれは手足を広げて風を捕まえた。
そう、さようならだ。
波が寄せる。風が笑う。
おれが音も無く浮き上がる。波が返す。藍色の空におれが踊る。
さようなら。