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西田哲学の個物発想
私達は、色々な知識を持っています。しかし、その知識を一度停止して、世の中にあるモノと向き合うと、どうなるでしょう。
例えば、自分を取り囲む人たちを、見てみましょう。この人達は、常に動いています。そして変化しています。こうした人を、見るときには
西田哲学の個物
の発想が役に立ちます。まずは、個物の集まりがあり、色々な動きがあります。また個物も変化する、いわば混沌とした状況です。
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さて、人達の動きを見ると、夜になると寝るなど、ある程度共通となるものが見えてきます。また、人と犬猫などの、違いが見えてきます。こうして
一般的な種とその上での規則性
が見えてきます。これが
西田哲学の一般者
です。こうした一般者のくくりがうまく出来たら、その間の関係も見えてきます。例えば、市場の売れ行きを考えるなら、まずは
買ってくれる候補
を絞り込み
どのような動機があるか
を考えると、上手く売る方針が見えてきます。
さて、ここで「西洋文明の発想」と、比較してみましょう。西洋文明の基本には
幾何学の発想
があります。つまり
抽象化して理想化した
イデアの世界で考える
方法が力を持っています。西田哲学で考える「一般者」は、状況の変化で変わるモノです。しかし「イデア」は、理想的なモノとして、根本的な存在と考えています。
この違いを知っておくだけでも、色々な科学的知識の扱いが、出てくるでしょう。
イデアが上の西洋哲学一般者が下の西田哲学|鈴木良実 (note.com)
混沌から浮かぶ概念|鈴木良実 (note.com)