【小説】病院ねこのヘンナちゃん⑰(episode1)
ひとつ前のお話→病院ねこのヘンナちゃん⑯
始めから読む?→病院ねこのヘンナちゃん①
「ハイリー・センシティブ・パーソンがラクに生きる方法…、それは…魅力的ですね。」
「たとえばね、身体的症状に関しては、漢方で緩和することもできるの。
HSPには西洋医学のお薬だと強すぎる場合がある。
その点、漢方はすべて自然由来の生薬を、その人に合わせて処方するから、無理なく体質を改善していけるよ。
即効性はあまりないけれどね。」
「ああ、確かに。市販の頭痛薬、大人は1回3錠と書いてありますが、私は1錠でも十分効きます。」
「感覚だけでなく、お薬への反応も鋭敏だから。」
「そうだと思います。花粉症の薬でフラフラになったりします。」
「わかる、わかる。漢方は生薬単体でも使えるけれど、たいていは何種類も組み合わせて処方する。
それぞれの効能が絶妙に混じり合って、これがまたいい仕事をするのよ。」
楓子さんはクスッと笑う。
「先生は、西洋医学は信用していないのですか?」
「あら!そんなことないよ。」
ケラケラ笑うヒヨコ先生。
「西洋医学と東洋医学、私は中医学が好きなんだけど、このふたつは対立するものじゃないの。
なんて言えばいいかな。
西洋医学は人間の身体を臓器や器官に分けて考えるよね。
そして患部にフォーカスして治療する。
東洋医学は、身体全体のバランスを診る感じかな。
その時々で変化するバランスを整える…というか。
時間をかけてじっくり体質改善を図るのには向いているけれど、手術が必要な病気や感染症は、西洋医学のフィールド。
どっちも大切で、どっちも必要なの。」
うんうん頷きながら聞いている楓子さんの目が、キラキラ輝いている。
ねこの目もけっこうキラキラするけど、いい勝負かも。
アタシはカフェで小さくなっていた楓子さんより、今の楓子さんの空気感が好きだなぁ。
「先生、漢方はどんな時に使えますか?」
「貴女の場合、元々胃腸が弱い上に、刺激からのストレスが胃にくるんだよね。
漢方では、身体の構成要素を「気」「血」「水」の三つに分けて考える。
ざっくり言うと、「気」はエネルギー、「血」は栄養、「水」は波動。
HSPの人が不足しやすいのは「気」なの。
いつも神経を張り巡らせて、周囲に気を遣っているから、エネルギーを消耗しちゃう。
慢性的にエネルギー不足なわけよ。
心を動かすにも身体を動かすにも、「気」は不可欠なのに。」
楓子さんはひと言も聞き逃すまいと身を乗り出していたが、はっとして、バッグからノートを取り出した。
メモを取るのね。それはいいアイディアだわ。
「気が足りないことを、中医学の用語で”気虚”と呼ぶけれど、気虚の一番の症状は疲労感。
楓子さん、さっきから何度も「疲れた」と口にしてるよね。
気虚の改善には、人参(にんじん)、白朮(びゃくじゅつ)、黄耆(おうぎ)、甘草(かんぞう)を含んだ漢方薬がお勧め。
疲労感や気力の低下には補中益気湯、食欲不振や胃の不快感には六君子湯もいいね。」
メモメモ。
「漢方の服用と並行して、セルフケアもできるよ。
お勧めの食べ物と避けたほうがいい食べ物があるし、「気」の巡りを助ける食材もある。」
へえ~~、奥が深いなぁ。
胃腸が弱めの人が食べたらいいのは、大根、キャベツ、山芋、れんこん、カブなど。
あと発酵食品も。
逆に避けた方がいいのは、甘い物、脂っこい物、生物、冷たい物、辛い物。
香りのある野菜は、気の巡りをよくしストレスを緩和するので、緊張から胃が痛くなる人は積極的に摂りたい。
代表的なものは、春菊、三つ葉、パセリ、セロリ、ミントなど。
楓子さん、しっかりメモ取った?
「びっくりです。」
「なにが?」
「私、昔からレンコンが大好物で。
家族はみんな、あの食感がイヤと言うんですけれど、私は好きなんです。
春菊もセロリも好きな野菜です。」
「身体ってすごいね。無意識に、自分によい物を選んでるんだから。」
「本当に。でも家族が好まないので、あまり食卓には上らないんですけどね。😅」
「漢方で胃腸を調えて、気の充実によい食品を食べるように心がけて、漢方薬草蒸しで身体を芯から温める…。うん、いいと思うよ。
あとできることは、刺激を減らすことかな。
ところで、貴女は今、どんなお仕事をしているの?」
「私ですか?住宅メーカーに勤めています。」
「お仕事の内容は?」
「なんでもやりますよ。メインは事務ですが、接客も電話対応も在庫管理も資料作りも営業補佐も。」
「じゃあ、その中で一番苦手…というか、疲れるなぁと思うのはどんな業務?」
「う~~ん。」
楓子さんは顎に手をかけて、しばし考えた。
「クレームの対応ですね。」
「どんなクレーム?」
「いろいろあります。施工上の不具合や下請けの工務店さんの問題や、イメージと違うとか、保証期間の思い違いや、オプションを標準装備と勘違いされていたり、社員や大工さんの態度が悪いというものまで。」
「電話で?」
「電話も対面も両方です。会社に来られた場合は、同僚も上司もいますから助けてもらえますが、電話の場合は、ある程度は一人で対応します。」
「ふ~~ん。それはしんどいね。
目的がクレームだから、相手は怒っているし、口調もキツくなる。
特に電話は顔が見えない分だけ、遠慮や配慮も忘れがちだし。
HSPは相手の感情に影響されやすいから、楓子さん個人が責められているわけではなくても、怒りの波動にやられちゃうね。」
楓子さんは弱々しく微笑んだ。
参考図書:HSPのための漢方生活/村本瑠美・村本貴士著(ParadeBooks)