合理的にはこの方向性だとは思うんですが、それがままならないところがナカナカ難しい…:読書録「危機の地政学」
・危機の地政学 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威
著者:イアン・ブレマー 監訳:稲田誠士 翻訳:ユーラシア・グループ日本、新田亨子
出版:日経BP(Kindle版)
ユーラシア・グループの創設者として、国際情勢の分析をされておられる政治学者イアン・ブレマーさんの新作。
コロナ禍に執筆され、出版間際にロシアのウクライナ侵攻があった…というタイミングでの作品になります(ウクライナ侵攻に関する追記があります)。
ブレマーさんは、「Gゼロ」(国際情勢を牽引するような大国グループはなくなった)で有名ですが、本書はその認識の上に、「米中の対立」を念頭に、
「米中が融和する(もしくはどちらかが勝利する)ことは考えられないが、対立しながらも国際情勢の進展に両国が寄与する方法はある」
という主張が論じられています。
そのキーとなるのが「危機」。
人類を滅亡させるリスクすらある「危機」に直面することで、その危機をコントロールする国際機関が設立され、その運営に米中両国が協力していく途がある…ってことですかね。
(原題は”The Power of Crisis”=「危機の力」です)
その「危機」が、
感染爆発
気候変動
テクノロジー。
<だからこそ、我々の周りで既に起きている危機を利用して、現代の目的、そして未来の目的に合った新しい国際機関を作らなければならない。新型コロナから得た教訓、気候変動がもたらす可能性のあるダメージ、急速すぎて、我々の理解を超えた技術発展による人類存亡の危機を利用するのだ。>
本書の主張を端的にまとめればこういうことで、その「危機」の内容が具体的に論じられ、それをキーとして「何をすべきか」が提案されているわけです。
僕個人は「地政学」には懐疑的な考えを持っていて、それはその主張があまりにも物語的で「分かりやすい」が故に、大きな方向性や概念を把握するには役に立つんだけど、そこからこぼれ落ちる具体的な事象を見落としてしまいがちだ…て理由からです。
便利なことは便利なんですけどね。
「コロナ禍」に直面して危機の大きさを目の当たりにしながらも、一方で国際協調やテクノロジーの「可能性」も認識したことが本書のベースになっているんだと思うんですが、その「物語」に反する事件として勃発したのが「ウクライナ侵攻」。
<ごまかすつもりなどないのではっきり言うと、ロシアによるウクライナ侵攻は事態を複雑にした。破壊的な技術を統制するための財源や人的資源をかき集めるのは、ただでさえ難しいのに、ロシアに対して経済、金融、技術面で制裁が行われ、ロシア政府がグローバル・ガバナンスを崩すためにサイバー戦争を仕掛け、偽情報をたれ流している状況では、なおさら困難になる。分断が進んだ世界では、繁栄が遠のき、効率が悪くなるだけではない。指導者が無責任なことをしても咎めにくくなる。つまり、ならず者たちが罰則を恐れず、利己的に行動しやすくなる。>
ブラマーさんもそのことは正直に認めてらっしゃいます。
<約 60年にわたり、世界はグローバリゼーション固有の危険をほぼ放置してきた。グローバリゼーションが進むなか、動物から人間へ、そして人間から人間へと病原体が伝播して、新たな感染症が登場し、温室効果ガス排出が気候変動を加速させ、テクノロジーの爆発的な進歩により破壊的な新技術を生み、グローバル化の波に乗り遅れた国や人々が取り残された。そして、取り残された国の中の最強国がロシアだったのだ。>
21世紀の課題を語っていたのに、突然20世紀的(あるいは19世紀的)なアクションが飛び出してきた…というところでしょうか。
一方でその対応の中で、ブレマーさんは米中、EC、西側諸国の対応の方向性に「可能性」を見出してもいるのですが、ここはまだon the way 。
どうなるかを断言するのは早いでしょう。
「取り残された国」のリアクションをロシアが起こした一方、「取り残された人々」を中心に国家の中での分裂が起きている状況もあります。
「危機」に対する対応として、今のところブレマーさんが考える方向性は論理的・合理的であるとは思いますが、決してそれを受け入れない層(国や人々)があることも確かなことじゃないでしょうか。
もう一点、ここに踏み込んだ提言が欲しかった…ってのが読後の感想かな?
<Z世代に期待>ってのは僕も同感ですけど。