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ライアンを追う
ジムでエアロバイクを漕いでいる。本来は筋肉をつけて体重を増やし、今年こそこの貧相な肉体とグッバイするためにジムを契約したのだからエアロバイクなんてやっている場合ではない。でもまず肝要なのはウエイトトレーニングをどれだけするかではなくて、ジムに行く習慣を作ることだ。
ジムに行く習慣がなければストーリーにならない。
ジムに行く日に行かなくて済む言い訳を次から次へと考えるのではなく、「まぁちょっと自転車漕ぐだけだし」と言い聞かせて、とにかくジムに対するハードルを下げること。1月のミッションはここにある。
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さて、最近のエアロバイクは進化している。こう書くと厳密ではないかもしれない。だって僕はエアロバイクなんて代物は数年ぶりに見たからだ。僕がよそ見をしているうちにエアロバイクは日進月歩で進化してきたのだ。最近になって進化したわけではない。正確に記述するなら最近エアロバイクが進化したことに気づいた、とでも言えるかもしれない。
自転車に大型のモニターが付いていて、タッチパネルで操作をすることができる。海外の美しい風景を選択して、例えばスイスの大自然の中を走ったり、パリの凱旋門の周りを走ったりすることができる。これが結構楽しい。一生懸命漕ぐと早回しになって加速した感じが得られる。これがモチベーションになる。
さらにすごいのは対戦モードみたいなやつで、要は世界中で僕みたいに画面つきのエアロバイクを漕いでいる連中がいるのだ。その世界中のエアロバイクがインターネットで繋がっていて、追い越したり追い抜いたりすることができる。まさに対戦ゲームのような仕様なのだ。
30分のサイクリングモードを選択して漕ぎ始める。30m先にニックがいて、55m先にアレキサンダーがいる。85m先にライアンがいるが姿は見えない。ペダルの回転数を85くらいにキープしながらストイックに漕ぎ始めるとニックとアレキサンダーを難なく追い抜くことができた。しかしライアンに追いつくことができない。正確には1分ごとに5mくらい距離を縮めている。しかし結構ペースが僕と同じらしく、気を抜けば距離を開けられそうになる。
回転数を90まで上げて、身体が火照ってくるのを感じながら無心に漕ぐ。イヤホンの音楽は平井堅と安室奈美恵の「グロテスク」になっていた。25分くらい漕いでいて、ライアンとほとんど並んだ。ライアンには僕のことが見えているだろうか。今思い出したけど僕は別に自分の名前など登録していないから、無名として登録されているか、あるいはライアンからは僕のことが見えていないかもしれない。いずれにせよ今の僕には十分モチベーションになっている。テクノロジーはすごい。
なんとかライアンを抜いたところで30分が経過してサイクリングが終わった。額の汗がすごかった。これが俗に言う"勝ち逃げ"なのかもしれない。それでも達成感がある。いい調子だ。しばらくこのゲームをやってみようと思う。
ジムに備えつけの風呂に入ってから帰ろうと思って悠長に汗を拭いてると館内から「蛍の光」が流れてきた。そういえば成人の日で祝日だったのだ。うっかりしていた。祝日はジムが早めに閉店するのだった。
結局風呂は入れずじまいで汗を拭いてジムを出ることになった。足はパンパンというほどではないけれど、心地よい疲労感が足元にまとわりついていた。よく眠れる兆候だった。
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今年の運動習慣の実現は良いスタートを切っている。とりあえずはそう思うことにする。
今日はここまで。