
#376 多読術 知の巨人~ 松岡正剛
1,200字
『多読術』 松岡正剛

昨年他界してしまった出版界の巨匠が残した足跡は偉大である。
彼の著書をはじめ評論は、一筋縄ではいかない難解さと奥深さがある反面、丁寧に歴史を紐解いたり、関連する書物をしっかり読み込んだうえで解説しているので、どんなジャンルのものでも体系的・立体的に捉えられている。
理解力に乏しい私でも読めば読むほどに真理に近づけるような気がするのだ。たぶん半分も理解していないのかもしれない。
長年にわたって彼の評論に触れてきたせいか、『多読術』を読まずとも本を読まずにはいられない。
これはハウツー本ではない。読書に対する生き様なのだと受け止めた。この一冊で彼の生き様とその奥深さが理解できるわけではない。むしろその深淵に臨んで立ち尽くしているのかもしれない。
私の読書は、書棚に並ぶ背表紙を第一関門にして、カバー、表紙、見返し、扉、帯などの装丁を見て、次に目次を読む。そこに作家と編集者の息づかいを感じ取ることができるからだ。買うときも借りるときもさまざまなことを推測し、それを実際の読書で確かめる。
「本は読み続けていれば、いつかよい作品に巡り合う」という小学校時代の担任の先生の言葉を信じて読書を続け、やがて習慣化されていった。
当然、私の理解力が乏しかったり求めていたものと異なる作品は心に刻まれることなく忘れ去られていく。
日々の生活では自他に対して「時間泥棒」になっていることがままある。
時間がないことを言い訳にせず、読書に対してはあえて他のこと(睡眠とか、デートとか、遊びなど)を犠牲にして時間を確保するよう努めている。
それは、知識や教養を身に付けなければならない職業だからということもある。何かを「話す」「書く」「教える」のoutputのためには、圧倒的な量の「読む」「聞く」「学ぶ」のinputが必要だからだ。
松岡正剛は「書き手の側の編集」と「読み手の側の編集」という表現を用いている。
それは、読者が著者の知識や思想をトレースしながら自己の内面に取り込んで、新たな自分を編集するということなのだろう。
自分はあと何冊の本を読むのだろう。
『多読術』 もくじ
第1章 多読・少読・広読・狭読
第2章 多様性を育てていく
第3章 読書の方法をさぐる
第4章 読書することは編集すること
第5章 自分に合った読書スタイル
第6章 キーブックを選ぶ
第7章 読書の未来
松岡正剛
1944年、京都市生まれ。早稲田大学仏文科出身。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を経て、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。
1971年に 伝説の雑誌『遊』を創刊。日本文化、経済文化、デザイン、文字文化、生命科学など多方面の研究成果を情報文化技術に応用する「編集工学」を確立。
日本文化 研究の第一人者として「日本という方法」を提唱し、私塾「連塾」を中心に独自の日本論を展開。
2000年にはウェブ上でイシス編集学校と壮大なブッ クナビゲーション「千夜千冊」をスタート
