葡萄の朝。
潤いから始まる十月の朝。
雨は街を濡らし木を濡らし、
地面に辿り着いて
暮らしを濡らしていく。
それでも厭な気がしないのは、
この雨が実りに繋がるのだと
信じているから。
青空が好きで、
永遠に晴れてくれればと
願う気持ちはある。
けれど、思い返せば
私は雨の日も
窓をそっと細く開けて、
雨の匂いを嗅ぎながら
見るともなく外を眺めていたのだった。
ただただ、
ぼんやりと雨音を聴きながら
雨の斜線、水滴が描く輪を
いつまでも見ていたのだった。
そんな私を
変な人と思うむきもあるだろうけれど、
こういう風にしか生きられないのだから
仕方がない。
♧
自分の中で
何かを実らせて
それを収穫していく時。
晴れも雨も風も
すべてがここに繋がっていたのだと
思えるだろう。
役に立たない。
意味がない。
一見そう思える事の中にも、
自分の内側を熟させるものがあり、
その蓄えが花を開かせ、
甘くみずみずしい果実になるのだとしたら。
この歩みの中には
無駄なことなどひとつもないのだなと思える。
私は
近道しない散歩が好きなのだから。
鉢に盛られた葡萄に手を伸ばす。
ひとつもいで口にすると、
葡萄の甘さと冷たさが
身体に沁みわたる。
指先を紫色に染めながら味わう
秋の始まりの日だ。
いいなと思ったら応援しよう!
文章を書いて生きていきたい。
✳︎
紙媒体の本を創りたい。という目標があります。