あの頃にはもう戻れない
――何か辛いことがあったとき、どうしてる?
友達、もしくはネットなどでこの質問をすると、かなり多い割合でこう返ってくる。
――自分の好きなことにとことん打ち込んでる!
なるほど、確かにその方法は極めて有効だろう。
僕もこれまで、その方法でなんとか乗り切ってきた。
――しかし、今回ばかりはその方法は取れなかった。
なぜなら、2年半お付き合いした「大切な人」とお別れするという、半身を引き裂かれるような辛いことの原因が「自分の好きなこと」であるからだ。
僕が趣味として上げているものは、ゲーム、読書、カフェの三つだが、この中で特に没頭していたのがゲームだ。
小学一年生でゲームに触れて以来、趣味として現在まで様々なゲームを楽しんできた。
何か嫌なことがあったときも、ゲームをして、寝れば忘れられた。
僕にとって、ゲームは趣味でもあり、ストレス解消のツールでもあった。
それだけだ。
大学時代まで、ゲームはただの趣味だった。
大学4年の夏、僕に初めての彼女ができた。
それまで、鳴かず飛ばずで生きてきた僕が、これまでにないほど大きく心を動かされた人だった。
彼女の笑顔、彼女の声、彼女の雰囲気。
全てが僕のことを癒してくれて、幸せな気持ちにさせてくれた。
そして、僕の精神的な拠り所となった。
僕はどんどん彼女が好きになり、それは大学を卒業して遠距離恋愛となった後も変わらなかった。
――転機となったのは、新卒で入った会社での二度目の人事異動。
この人事異動では、彼女の住んでいるところまでの距離はむしろぐんと縮まった。
しかし、正直僕はあまり嬉しくなかった。なぜなら、異動先の店長は性格に難があることが社内でも有名であり、僕がようやく現在の配属先に慣れてきたばかりだったからだ。
そして、案の定、僕と異動先の店長はそりが合わなかった。
慣れない職場とそりの合わない上司。
僕が心身ともに体調を崩すまで、時間はかからなかった。
情けない姿をさらす僕にも、彼女はいつも僕に寄り添ってくれた。
彼女の暖かい気持ちが、打ちのめされた僕の心を癒してくれていた。
――しかし、同時に恐怖も覚えた。
彼女はこんな僕を見て、どう思ってるのだろうか?
彼女はこんな情けない僕に失望してしまうのではないか?
彼女は、僕から離れて行ってしまうのではないか?
不安は疑念に変わり、その疑念を打ち消すために、僕はゲームにのめり込んで行くことになる。
その後、僕は休職期間に入り、地元に帰ることになった。
そうなると、僕と彼女は再び遠距離となる。
彼女が離れて行く恐怖に加え、会えない寂しさも加わり、ますますゲームにのめり込んだ。
休職期間が過ぎても体調が回復しなかった僕は、遂に会社を辞め、無職になった。
彼女との別れの恐怖、会えない寂しさ、将来への不安。
不安が増えていくに従って、ゲームにのめり込んでいき、浸かっていった。
彼女は懸命に寄り添ってくれようとしていた。
しかし、この頃にはもう僕は自分の殻の中に閉じ籠ってしまっていた。
やがて、僕は再就職に動き出した。
折しも、新型コロナウイルスの影響で県外移動の自粛が行われていた時期だった。
就職活動は難航した。
増えていく不安、減っていく貯金。
それを振りきるように、ゲームに没頭した。
――だが、転機が訪れる。
地元の企業で、ようやく内定をもらったのだ。
休職期間を含めると、実に6ヶ月振りの社会復帰だ。
僕は安堵した。
彼女は自分のことのように、喜んでくれた。
この瞬間、彼女への疑念は払拭され、再び彼女に対して向き合えるようになった。
――その後、交際記念日にデートをした。
土日休日となった僕と、平日休みの彼女の日程が奇跡的に合ったため、実現したことだった。
この日、僕はこれまで支えてくれた感謝を伝え、彼女に似合いそうなバックをプレゼントした。
――だが、それまでだった。
政府主導のgotoキャンペーンが本格的に始まって以降、彼女との日程が全く合わなくなった。
僕は入社半年が経つまで有給は支給されず、また全くの未経験の仕事に適応するため、仕事に終われる日々が続いた。
旅館に勤める彼女も彼女で、gotoで増えた宿泊客に対応するため、休みが不定期になってしまった。
お互い仕事に追われ、会えなくなり、仕事のストレスを溜め込んでいく。
――僕は再びゲームにのめり込んだ。
仕事が終わったら、ゲームをして寝る。
休みの日は、カフェで本を読んでゲームして寝る。時々、県内でちょっと遠出してみる。
そんな感じの日々が続いた。
次第に、彼女と話す話題が少なくなった。
そもそも、お互い疲れて連絡も取れない日もあった。
僕は、彼女と会えない間にまた徐々に自分の殻に閉じ籠ってしまった。
――そして、彼女の心は僕から離れていった。
――――――――――――――――――――――――――
僕は、「大切な人」を失った。
身を貫かれるような喪失感と後悔、自分は彼女を幸せにできなかったという悲しみが僕を襲う。
耐え難い感情を誤魔化すために、PCに手を伸ばす。
――しかし、できない。あれだけ没頭したゲームが。
彼女にお別れを告げられて、比較的すぐに始めた別れの原因を探す作業。
その比較的早い段階で突き止めた、彼女とのすれ違いの原因の1つ。
――それが、「ゲーム」だった。
あれほど没頭したゲームであるにも関わらず、今では身体が拒否をする。
――彼女はもう戻ってこない。
――付き合う前のように、のんびりゲームを楽しむ生活にも戻れない。
僕は、「大切な人」と「好きなこと」、精神的拠り所を2つとも失ってしまった。
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