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140字小説(ついのべ)/何千冊の本の家 他11作

2022年9月後半の140字小説(ついのべ)11作です


本好きの叔父は独り暮らしの家にこれでもかと本を積み上げていた。いったい何百、何千冊あるのか、本人も把握していない。「俺に何かあったら始末を頼むよ」「冗談でしょ」私の返答に叔父は言った。「あの山のどこかに、お前が十五のときに初めて作った同人誌が埋もれてると言っても?」
(2022.9.21)


子供の頃、忍び込んだ屋敷でお嬢様に見つかって仲良くなった。病弱で外に出して貰えないのだという。「あなたルパンね! アニメで観たわ」懸命に働き、大人になってからまた会いに行った。「俺はルパンじゃないけど」いいのよ、と彼女は言った。ルパンだったら姫様を連れてってくれないもの。
(2022.9.23)


夢を見た。夢の筈だが、やけにリアルだった。古い大好きな小説の登場人物が大勢出てきて語り合った。長編なので登場人物も多い。だから一人や二人、誰かわからない人がいても仕方ない。やけに馴れ馴れしいこの爺さんとか。何なんだこいつ。……目が覚めて気づいて青くなった。あれ、作者だ。
(2022.9.24)


地上に行くにあたり、人魚姫は姉たちと約束しました。あの王子が、酔って自分で船から落ちたただのバカならすぐ帰る。政敵に暗殺されかけたのならそいつらを倒す。でも。「私が消えたら、妾腹だけど優秀な兄が無事に王位を継げると思ってね」なんて健気に王子が言うから、姫の恋心はさらに。
(2022.9.16)


仔犬の散歩をしながらブツブツ「かわいいなあ、ほんとかわいい……かわいい……」と呟いていたら、自分の名前を呼ばれたと思った大量の犬猫の霊がついてきてしまった。
(2022.9.28)


さまざまな、世界が滅びる物語ばかりを書いた。たくさん。幾通りもの。しばらく書かずにいたら、誰かが話しかけてきた。「また書いてくれよ。次の滅び方の参考にするからさ」さて、声の主は神か悪魔か。
(2022.9.28)


城が攻め落とされたとき王妃はドラゴンを呼び出し、あらゆる金銀財宝を呑み込ませたといいます。「我が宝を野蛮人に渡しはせぬ」以来、宝を求めドラゴンを討とうとした誰もが返り討ちにされました。宝を手にできるのは、真の宝を望む者だけ。ドラゴンに変化させられた姫を真に愛する者だけ。
(2022.9.22)


大通りの片隅に、スナイパーの卵が落ちていた。どこから飛んできたのか。こんな人の多い所ではとても孵化できまい。可哀想になって拾ってしまった。辺りで一番見晴らしのいいビルに忍び込み、屋上に卵を置いてやる。ここでなら立派なスナイパーに育つだろう。そしていつか標的を撃つだろう。
(2022.9.20)


春が近づいてくると、皆で武器を手に村の外へゆく。まだ溶けきらず積もる雪から、たくさんの凍ったゾンビが新芽のように頭や腕を付き出している。暖かくなったら普通に動き出すから、今のうちに粉砕しなければならない。それにしても、この村以外に生きている人間はもういないのだろうか。
(2022.9.19)


私の宇宙服は叔父のお下がり。まあ、この修学宇宙旅行でしか使わないしね。クラスメート一人ずつ、船からこわごわ宇宙空間へ飛び出す。恐怖心を堪えて目を開く。私が見たのは無限に広がる大宇宙ってやつと、ヘルメットの内側に貼り付けられた女の子の古い写真だった。叔父の奥さんじゃん。
(2022.9.18)


叔父から遺産として家を譲られた。条件は彼の猫を世話すること。「猫が往生するまでってことですね」いえ、と弁護士は言った。「そこまでは指定されてませんね」あの几帳面な叔父がそんな適当なことをするだろうか。謎はやがて解けた。猫の尾は二本あった。僕よりも長生きするかもしれない。
(2022.9.18)

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