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エッセイストになりたいわたし。

エッセイが好き。

なんでこんな風に感じたんだろう。
なんでこんな風に表現できるんだろう。

わたしではない誰かの心の中を、ちょっと覗かせてもらえる感じが好きで
ついつい読んでしまうのがエッセイ。

だけど、もっとこの人のことを知りたいなって思うエッセイは
その人の話だけで完結するのではなくて
全くの第三者であるわたしにまで届いてしまうようなもの。

つまり、I ではなく WE の話になってるかってこと。

こんな表現を自分で生み出せたら鼻高々だけど、残念ながら違う。

今週末のsentence liveのゲスト、作家の小野美由紀さんが言っていたのだ。

諸事情でほんのわずかな期間となってしまったけど、noteの小野さんのライティングサークルに入っていた。書いた作品を小野さんがフィードバックしてくれたのだけど、それが尊すぎて今でもたまに読み返している。

エッセイは、自分以外の誰かの想いや行動の理由が垣間見える。

同じ事柄であっても人によって受け取り方は違う。
同じ風景でもただ綺麗で終わるか、気づきもしないか、心の底から感動するか。
同じ食べ物でも死ぬ前にもう一度食べたいと思うか
もう二度と食べたくないと思うか。

それらをただの「日記」として終えてしまうのか
「エッセイ」という形で昇華させるか。

そこが I  が WE に変わるポイントなんだろうけど
残念ながらわたしにはそれがまだ分かっていない。

だから今週末のliveが楽しみでたまらない。


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CHIHIRO|フィンランド好きの物書き
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