見知らぬ女性への漢気
今同じことが起きたらどうするだろうな、って思い出すことがあります。
もう10年以上前の話ですけど、僕は当時広島駅の近くで働いてたんです。
休憩時間に近くのタバコ屋さんにタバコを買いに行って一服してました。
喫煙所が地下通路から上がってくる階段の上にあって、駅から来たであろう人が続々と上がってくる人通りの多いとこでした。
ぼーっとタバコを吸うていたら、急に声をかけられたんです。完全な不意打ち。
あのぅ、すみません…
ぱっと見50代くらいかなぁ、おばちゃんでした。
これまでも、道を歩いていたら外国の方に道を尋ねられて言葉の声を越えれず伝えれないので結局一緒に目的地まで行ったり、薬局で風邪薬探してたら風邪薬ありますか?って見知らぬ人に聞かれてあ僕も探してますって答えたり、そういう話しかけやすさみたいな要素を持っていたのかもしれないですが、あんまりに唐突でびっくりしちゃいました。
あ、はい?
って答えましたところ…
開口一番、「困ってます」と。以下、記憶を辿りかいつまみますね。
静岡から娘と車で旅行にきた。娘と親子で旅行なんて嬉しくてうきうきできた。娘は車に乗って福山だったかな?(車で2時間くらい)友達のところに行ってしまった。その車に財布やらなんやらが入ったかばんを忘れてしまった。明日まで娘とは合流できない。娘も久しぶりに会う友達だから邪魔したくない。
だから、とても困っていますと。
ええ、勘の良い方はこの辺りで既にこのあと何事が起きようとしているか見通せることでしょう。
このとき、純粋にして無垢な僕が思ったことは一つ。
そりゃあ、困ったな。
多分これ口にも発したと思います。女性は続けます。
明日には娘と合流する。なんとか今晩だけやり過ごせれたらいいのだけど、見知らぬ土地で頼る人もおらず途方に暮れている。
つきましては、
幾らかお貸しいただけないでしょうか?
はい、でた!
って皆さんは思いますよね。
当時の僕は、
そりゃあ、困ったな。
って思いました。
ほぼ二つ返事で「分かりました」って言ったと思います。
さすがにこの一瞬ではありますが色々考えましたよ。当時、今月のやりくりをどうするかについて思案するくらいには低収入の僕がどうやって知らぬおばさんにお金を用立てるのか。何故。
絶対に明日には返します、必ず電話します、今私の携帯に電話してみてください、など怒涛の連打をくらったことを覚えております。確かイノウエさんって言ってて携帯にも登録しましたね。
なんで、お金貸そうと決めたのかというとですね、このとき頭に浮かんだ言葉が「困ったときはお互い様」だったんです。つまり、漢気なんです。
今もそうですけど、当時暗く陰湿でイヤーなニュースばっかりで鬱屈としていて現代日本はほんと夢も希望もないなとかひねくれ倒していたのですが、困ったときはお互い様なんだよ!この人困ってるから助けなあかんやん!っていう、ひねくれ者のくせに純粋ど直球の計算を脳がはじき出したためであります。
これが日本男児じゃい!みたいな変なこだわりがあったんでしょう。
おもむろに財布をだしましたところ、珍しいことに1万円札が入ってました。さすがに1泊するのにこんなにはいらんやろって思ったのですが、試しにいくらあれば安心ですか?って聞いたんですね。
1万5千円、くらいかなぁ…
言うてたな。
え、多!って思ってちょっと笑ったの覚えてます。ちょっとええホテルでも泊まる気なんか。
このとき、僕今でも信じられない行動をとるのですが、
分かりました、今財布に1万しか入ってなくて足んないでおろしてきますね
見知らぬ女性のために、大方の人が怪しいと気づくこの状況で、お金を貸すだけでもけっこうなハードルなのに、相手の要望額に手持ちが足りないからATMでお金おろす、という先ほどのハードルより遥かに高いであろうハードルをらくらくと越えるわけです。
で、おろしてきたお金とあわせて1万5千円を封筒に入れて女性にお渡ししました。
なんか、このあとしょうもない談笑をしましたね。見知らぬ土地で無一文なんてそりゃ不安ですよね、って言ったの覚えてます。せっかくきた広島少しでも楽しんでくださいね、って言ったの覚えてます。
予想外の出来事に休憩時間も終わりに近づき、職場に戻る最中、薄々もしかしたらこれ返ってこんやつかもしれん…って思い始めました。おせえわ。
職場で、たった今の出来事を話しました。こんなこと言われたらどうします?って何人かに聞いてみました。
ほぼ全員が「貸さない(絶対に)」っていう返事だったのが印象的だったなぁ。
ただ、よくやった!って言ってくれた人もいました。
電話は翌日かかってくる約束でした。はい、電話なんてありません。翌日になんてないし、その次の日もないし、ずっとないよそんなもん!
まぁ、そっかぁ、やられたなぁ、っていうのは思いましたけど、あんまり後悔はしなかったです。なんにせよ困っていたのは確かであろうし、僕がただただ善意と変なこだわりの塊でだしたお金は、いつか回りまわって自分のもとに帰ってくるでしょ、みたいな非常にポジティブなマインドになれていたのが不思議です。
それから半年くらい経って、この出来事のこともすっかり忘れていた頃、事態が動きます。
全く見知らぬ電話番号から電話がかかってきました。
え、もしかしたら…!とか思いません。もう割と忘れてたから。
でてみると、
「あのぅ、熊本警察署のものなんですがぁ(めっちゃ九州弁)」
はぁ…?
「○○さんですかね?半年くらい前にですね、広島駅の近くで60代くらいの女性に、あの、お金渡しませんでしたかね?」
「貸しました!!」
あのお方は、お縄につかれていました。
聞いたところ、
熊本を出発点とし同様の手口でお金を騙し取りながら北上し、指名手配となっていたため福山まで行ったところでこの顔にピンときた警察官によって捕えられ、逮捕に至ったとのこと。つきましては、分かる余罪は洗い出したいから協力してほしいですとのことでした。
ピンときた警察官すげえな。
後日、熊本からはるばる警察官の方が自宅までやってこられました。同世代のおばさまの写真をいくつか見せられこの中にお金渡した人いますか?って聞かれまして、あ、この人ですね笑、って答えました。
ちなみに、名前はイノウエではないし娘もいないし静岡に縁もゆかりもないそうです。お上手だとこと。
本人お金がなくやってるから被害金は残念ながらほぼ間違いなく返ってこないですごめんなさい、って詫びてもらいましたが、もう自分もそんなこと期待もしていなかったんのでこちらこそすみません、って言いました。
イノウエ氏は、公務員ぽい人、お金持ってそうな人に声かけてたそうです。手に入れたお金は、パチンコやカラオケで使っていたそう。
わしはな、公務員でもないし、決してお金持ちでもなかったぞ。見知らぬおばさんに貸したお金の嫌な使い道ランキングの1位か2位だわ。
僕の携帯番号がイノウエ氏の携帯に登録されていて、それをもとに連絡くださったそうです。そういうとこ律儀なのね、イノウエ氏。
ただ、全員登録していたわけでもないようで、警察のほうで被害にあって連絡がとれる方のみあたっているところで、その時点で13名の方が被害に合われていると分かってます、ほんとはもっと多いと思います、とのことでした。
なんか、僕は捨てたもんじゃないな、って思っちゃいました。
少なくとも13名は、見知らぬおばさんにお金を渡したんです。多分、僕と同じように返ってこんのじゃないか、って思いながら渡した人もきっといるはず。
困っているから助けてあげたい、そんな風に思った人がそれだけおったのか、と思うと、なんや日本捨てたもんじゃないじゃんか、って思うたんです。
もちろん、完全に正式に詐欺行為ですので、それを正当化する気持ちは一切ないですし、善意を踏みにじったわけでちゃんと罪を償ってほしいし、お金返してほしいですし、お金返してほしいです。
このとき僕は23.4歳でした。あれから10年ほど経ったんだけど、今同じこと起きたら同じように行動するかなぁ。
当時より、人を疑う心も変に身についてしまったと思うぞ。当時みたいに、素直に困っている人を助けたい、という気持ちだけで損を顧みず行動するかな。
これは詐欺や、と完全に気づけたら、おばちゃんよくないよ交番行こう、って言えるかもしれない。
そもそも騙されない方がいいのだとは思うけど、知識経験など身に付けて良い判断ができるのがいいのだとは思うけど、己の正義のために漢気で行動した当時の僕がちょっとうらやましく思えたりするわけです。
ちなみに、周り巡って帰ってくるだろうと思った1万5千円が、帰ってきてくれた実感はまだ今のところありません。