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創作小説・私立諸越学園芸能科 第1話


第1話 タレント名鑑に名前がないタレント、それが僕だ

 インターネット時代の今、「あるある」なことは? と、質問されたらあなたはどんな答えを想像するだろうか?

 検索サイト、ないしは検索窓を初めて利用したときのことを考えてほしい。最初の目的である単語を検索し終え、次にいくつかの気になる単語も調べ、さて次は何を調べようかと思ったあなたは、ふとこんな事を思いついたのではないか。

 「私自身の名前を検索エゴサーチしてみよう」と。

 もし、何処かの誰かが「気になるアイツ」として私の名前を掲示板に書いていたら……と、あなたは妄想を逞しくさせるものの、現実に待ち受けているのは同姓同名の何処かの誰かさんのスポーツ大会の記録が載ったホームページだったりするのである。まあ、それもよいではないか。匿名掲示板に、あることないことの罵詈雑言が書き込まれているのを発見して鬱になるよりかは、はるかにマシである。

 長い前置きだったが、要するに学校の自習時間に暇を持て余していた僕が自分自身の名前を検索していたということである。

 杉田眞理雄。これが僕の名前だ。もちろん、キノコを食べて巨大化などしないし、土管を見れば潜るなどという性癖もない。キノコ料理は最近まで食べる気もしなかったし、亀なんか見るのも嫌なほどだった。何よりも、僕には世界を救う英雄的な資質などない。当然のように小学校時代から、「スーパーマリオ」というあだ名を頂戴するわけだが、体育の100m走ではぶっちぎりの最下位が定席の僕には、これほど不適切なあだ名はなかった。そんな屈辱を味わう羽目になったのも、ゲーム好きの父親が僕を出産するために入院した母親の暇潰しのために英雄の方の「マリオ」がセットされた携帯ゲーム機を貸したからである。能天気な夫の優しさに触れた、やはり能天気な母親は息子の将来など深く考えもせずに産まれたばかりの僕を「眞理雄」と呼んだのである。適当にもほどがあるが、父親も特に反対はせず現在に至る。
 もちろん僕も能天気な性格に育つ……はずはなかった。

「気難しい顔しながら、携帯の画面見て
なにやってんの?」

「エロサイトでも見てんのか?」

 甘ったるいウィスパーボイスと、粗野な声。ふたつの声が僕の後頭部に相継いで掛かる。

 振り返る間もなく、華奢な白い手が僕 の携帯を奪い取った。

「おっGoogle先生だー」

「マジかよ! やっぱエロ画像探しだな! このスケベ!」

 僕は必死で携帯を奪い返そうとするも、2人のコンビネーションプレイに阻止される。

「せーんせーに言ってやろ! 言ってやろ! いま、いないけど……お?」

「どうした御坂[みさか]、なんか面白いモンでも見つけたか?」

 硬直した御坂から、携帯を取り返す。

「ふう、やれやれ」

 御坂の性格なら、僕の個人情報まで盗みかねない。見られたのが「あの」画面だけで良かったと安堵したのも時、既に遅しということを痛感する。僕の携帯のディスプレイには、ニタニタと笑う杜田[もりた]の顔が映り込んでいた。

「いやあマリオ君、キミなかなか面白い趣味をお持ちのようで」

「うるさいな杜田! 別に自分の名前を検索するくらい普通だろ?」

 その名前の検索結果が余裕で一千万件を超えるという化け物みたいなこいつらに、僕の気持ちがわかるわけはない。

「はいはい。で、マリオ君の熱烈なファンサイトでも見つかったかい?」

 そんなもんが存在するなら、この『自分検索』が半ば日々の日課になってないつうに……。

「……お?」

「どうしたマリオ? 雀が水鉄砲喰らったようなアホな顔して」

「モリモリ、それ言うなら『鳩が豆鉄砲』でしょ」

「うるせー知ってるわ! オレ流のアレンジなんだよ! 成績いいからって調子乗んなよ! で、マリオどうしたん?」


 試験日にはバックレ余裕の杜田に慣用句の違いなんか理解できるわけはないが、今は僕の件が本題だ。携帯ディスプレイに表示された検索結果の下部に、見慣れないリンク先が表示されていた。

「Wikipediaに僕の項目ができてる……」

 昨日までは、確かになかったはずだぞ。

「どうせ自分で作ったんだろ?」

「そんな虚しいことするかっ!」

 杜田の言うように、ないなら自分で作ってやろうと思ったことはあるが、実行する勇気は僕になかった。

「じゃあ、事務所の人が作ったとか?」

「僕の所属する劇団にはパソコンすら、ろくに扱えない連中ばっかだぞ」

 レッスン料を安くしてもらう代わりに、僕が劇団の公式ホームページ作成管理をしているという事実を、御坂は知らない。

「まっ、真偽はともかく、さっそくそのページを見てみようよ」

 妙に乗り気な御坂が、肩越しに僕の携帯を操作する。女の子特有の甘い香りと、肩に感じる柔らかな胸の感触。動揺したことを悟られたくない僕は、なにをするでもなく御坂が思うままだった。


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すぎた まりお
杉田 眞理雄
生年月日 19XX年10月11日(16歳)
出生地 日本・東京都
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ・映画・舞台
活動期間 200X年-
公式サイト 劇団すずむし
ブログ 杉田眞理雄の平凡な日々
主な作品
ドラマ
『3年D組珍八先生』 『GYK』
映画
『誰もが知らない』
舞台
『12人もいやがった!』
『ハムください』
『タイガー筋肉痛』ほか


杉田眞理雄(すぎた まりお)は、日本の俳優である。愛称は、スーパーマリオ。

目次

1.来歴
2.人物
3.出演
4.外部リンク

来歴

19XX年、10月11日誕生。日本の東京都大田区出身。小学6年生になったある日、かねてから芸能界に憧れを抱いていた母親により劇団すずむしに入団。以後、定期的に舞台出演やドラマ・映画のエキストラ活動を続ける。
中学3年生時に、ドラマ『3年D組珍八先生』に山本ひろし役でレギュラー出演。役名ありのテレビ出演は、これが初となる。

人物

その活動期間と出演作品数に反比例して知名度が少ないことに、定評がある。
芸能人であるものの、芸能人特有のオーラがなく、一般人役の演技にはリアリティがあると現場スタッフには、評判である。
ドラマ・『珍八先生』シリーズには、個々の生徒ひとりひとりをフィーチャーした回が作られるのが定例であるが、杉田演じる山本ひろしを主役にした回は当然、なかった。
ブログを律儀に毎日更新しているが、そのアクセス数はその辺の素人以下である。
某有名ゲームの主人公が、彼の名前の由来と見られているが、明らかに名前負けしている。


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「………………」

「……ああ、まぁ気にすんなよな! そのうち大役が舞い込んできたりするかもしんねーし」

 僕が、いまどんな表情をしているのかは定かではないが、空気を読んだ杜田が慰めの言葉をよこす。しかし、僕の怒りは、そんな社交辞令的な言葉では収まらない。

「誰だよ、この記事書いたの~!?」

「は~い」

 おずおずと、御坂が右手を挙げた。









「ねっ、元気出してよ~。今度出る写真集の没ショットあげるから~」

 まあ、薄々おかしいとは思っていたんだ。妙に御坂がノリノリだったし。

「おっ、その写真集って手ブラありとかで噂のヤツ? オレにも、くんない?」

「モリモリは流出させそ~で怖いから、あげませ~ん」

 でも、わざわざ「あの」御坂あかりが、わざわざ僕の記事を時間を掛けて作ってくれたと考えると嬉しくもある。

「おい御坂、マリオの奴ひとりでブツブツ言ってっけど大丈夫かよ?」

「脳内世界に引きこもり始めましたって、感じ?」

 しかし、ならばあの記事の辛辣さはなんなのだ。確かに僕、名前負けしてると思ってるよ? でも、あの言いぐさは……、女の子は、御坂は本当に何を考えているのかわからない。……ああ。

「うわーーいっ!!」

 叫ぶ。
 立ち上がる。
 後ろを振り向く。

 生徒がまばらな教室内、驚き顔の御坂と杜田を除いてはみんな寝ている。教師不在の自習時間とはいえ、皆さんなかなか自由なことで。

「どうしたマリオ、おまえ変なクスリでもやったのか?」

「そうゆうキャラに合わないことは、あたしは止めたほうがいいと思うなあ」

 2人のツッコミは無視。

「なあ、諸君。僕は……、僕は……」

「ああん? おにぎりでも食べたいのか大将?」

「マリオくん、困ったことがあるなら、おねえさんに言ってごらん」




「……僕は、僕は、このままでいいと思うか? 僕は、なんとかしなくちゃいけないと思っている」

 毎日毎日、同じことを繰り返す日々。変化の無い生活。たまにしか顔を合わさないクラスメート。


 まさに『鳩が豆鉄砲をくらった』ような顔をしていた杜田だったが、やがて真顔になり、さらに柔らかな笑顔を浮かべ、僕に言う。

「ならさ、なんかを新しく始めりゃいいんだ。どうせ『オレたち』は暇だし。な?」

 御坂に目配せして、同意を求める杜田。

「うん、始めようよ。なんでもいいからさ。マリオがテンションあがるようなのをさ」

 嘘のない、優しい微笑みをたたえ御坂が言った。

「でも、始めるって、なにをすればいいんだろう」

「それを考えるのは、おまえの仕事」

「じゃあ明日までの 宿題ってことで」

 御坂の言葉と同時に、6時限目終了の鐘が鳴った。



杉田眞理雄。誰も知らないタレント。

御坂あかり。日本最大の女性アイドルグループSGM128の元センター。

杜田守。人気男性アイドルグループONE-DOZENの元メンバー。

諸越学園芸能科、2年B組。

この自習時間の何気ない、くだらないやり取り。

でも、今ならわかる。

僕たちの何処かでありそうで、どこにもない日々が始まったのは、この瞬間だったのだ。

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