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創作小説・君は素敵だ 1

 2024年、約10年ぶりに創作活動を再開し、最初に書かれた作品です。現在、未完で後半部は落ち着いたら執筆したいですね。やってみたら意外にも、昔のテンションのまま文章が書けたのには自分でも驚きでした。

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 ー1ー

 君は素敵だ。
 いつの日か、こんな台詞を誰かに送りたいと思っていた。しかし、その願いは叶うことなく、年月だけが過ぎ去り、僕は腹の出た中年のおっさんになっていた。絶望的にこんな台詞は似合わないおっさんなのだ。悲しい事に、頭の中は少年のままだった。腹は少年の頃から出ていた気もしないが。
「森田ァーーッ!!てめーー!まぁーた、やりやがったなーーッ!!」
 反社感丸出しの怒声で、僕は現実に引き戻された。日々の過酷な労働で、すっかり時間間隔が狂っていたが、今は夜勤の仕事中なのだった。
「引き漏れしてんじゃねーぞコラァ!! 寝てんのか!? あ!?」
いちいち相手するのも面倒臭かったが、仕方無しに後ろを振り向く。『特攻の拓』は全巻家にあります!と言わんばかりのリーゼント頭の男が、顔を醜く歪ませ僕を睨み付ける。
「仕事舐めてんじゃねーぞ! 今なんか流れ大したことないじゃねーか! やる気ねーなら、辞めちまえよ!!」
「すいませんでした」
「今度引き漏らしたら、引き漏らした荷物をてめーのケツ目掛けて、思いっきりブン投げるからな!! 覚悟しとけよ!! それで荷物が壊れてもてめーの責任だからな!! はっはっは!!」
 うまいこと言ってやったという表情で笑うリーゼントこと石橋だったが、周囲の人間は誰も笑っていないのだった。

 ーーさて、僕が夜勤で働く職場は某運送会社の営業所。各地からやってきたトラックに積まれた荷物を、ベルトコンベアで流し込む。僕ら夜勤バイトの人間は、ベルトコンベアに乗って流れてきた荷物を接続されたローラーで引き、それを住所ごとに設置されたカーゴに積み込む。まあ、簡単なお仕事です。と言えば、そうなんだが、こんな仕事でもなかなかどうして色々大変なのだ。最近は、2024年問題とか、その影響もあるし、人は常に足りないし、老若男女が集まりもすれば、まあそれなりに問題は日々、起こる。

「おいっ、森田くん、さっきは大丈夫だったかい?」
 同僚の上森さんが話し掛けて来た。僕はベルトコンベアから流れてくる荷物を引く担当で、この荷物をカーゴに積み込む担当が上森さんなのだ。
「石橋のヤツ、ムカつくよな。あいつ、ちょっと長くいるからって、調子に乗っちゃって、まあ」
「しっ、上森さん、石橋さんに聞こえたらまずいっすよ。あの人、気に食わない奴は辞めるまで追い込むって有名じゃないですか。何人の新人が辞めさせられたと思ってるんですか」
「おれは大丈夫!」
なんだか腹の立つようなドヤ顔で、上森さんが言った。こんなんが相棒(バディ)で、僕は大丈夫なのだろうか。
「おれは、あいつより長くいるし、それにさ、ねえ?」
 無精髭を人差し指で弄りながら、含み笑いを浮かべる上森さん。その汚い髭、剃ってくれないかな。
「なんすか上森さん、なんかあるんすか?」
「石橋の新しい相方、先週から来てる子、いるじゃん、森田くん知ってる?」
 新しい相方言われても、酷いときは毎日のように変わってたりするからな。正直、他人の事などたいして興味無い僕には、どうでもよい事だった。
「え、まじ知らない感じ? 女の子の新人が入ったんだよ! お、ん、な、の、こ!」
   その表情自体が既にセクハラだよ!とツッコみたくなるようないやらしい笑顔で上森さんが言った。そういえば、先週の朝礼で一風変わった感じの新人が入ってた気がしたが、あれは女の子だったのか。そろそろ初夏だというのに、ぶかぶかのジャンバーを着込み、メガネとマスクで表情すらよく、わからない。その、わからなさだけが印象に残っていた。
「その女の子にね、あの石橋が、興味津々らしいよ! なんてったって、あの子、……ふふっ」
 勿体振った言い方で、言葉を濁す上森さん。
「あの子がなんなんすか」
若干苛立ちながら聞く僕に向かい、上森さんは、それだけで猥褻物陳列罪が適用されそうな表情で応えるのだった。
「あの子ね、デカいよ。ふっ、ふふっ、森田くんも今度見てみなよ! なかなかだよ! あれは」

そろそろ50代に突入しようというのに、煩悩まみれの上森さんが僕には、ある意味羨ましかった。さぞかし人生楽しいだろう。
「見てみろ言うても、僕は上森さんみたいに自分に素直になれないっすから」
「大丈夫だよ、ちょうど胸元に名札が付いてるから、名札を確認する体で見れば大丈夫」
 ああ、なるほど。
「で、その、はちきれんばかりのを石橋が狙ってるんじゃないかって、そんな話」
「はあ、結局、その女の子の名前は?」
「なんだったっけ、忘れた!」
 いやお前、名札を見る体で、って言ったばっかやろ、知らんのかい!
「まあ、おれはね、こう見えてプライバシーが充実してるからさ」
 それを言うならプライベートだろ、とツッコむ気も起きなかったが、上森さんが「つづき聞きたいだろ!?な!な!」と言いたげな顔でニヤニヤしていたので仕方無しに、話の続きを促す。
「なんかいい事でもあったんすか? 万馬券でも当たったとか? それともパチンコ?」
 ここはその手のギャンブルが好きなのが多いからな。僕は興味無いけど。
「いやいや、違うよ、おれ、やっぱり自分が魅力的な男だったんだって、再認識してさ」
 急に上森さんが真顔になる。頭でも打ったんだろうか。
「森田くん、おれさ、zixiってSNSやっててさ、知ってる? かなり前からある奴なんだけどね」
 黎明期のSNSだな。招待制の時は入会してる事がステータスだったけど、誰でも登録できるようになったら、すごい勢いで寂れて、今やゲームアプリの稼ぎでなんとか持ってるって言われてる。なんだっけ?パンスト?パンツのゴムを引っ張って、その勢いで敵をやっつけるゲーム。配信開始してから10年くらいになるが、いまだに売り上げ上位のゲーム。
「はあ、パンストの配信元でしたっけ、知ってますよ」
「おれzixiで、長年日記を書いてたんだよ。ほら、おれってさ、現代に生きる漱石か太宰かってくらいに文才に溢れてるわけじゃん」
「はあ、そうなんすか」
知らんがな。
「日陰の身で、誰知らぬ中、細々と日記を書いていたんだが、やっぱり、わかる奴にはわかるんだよな。こんなおれにも、応援してくれる子がいてさ。るりちゃんって、言うんだけど」
なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
「すごいですすごいです!って熱烈なコメントが毎日来るようになったんだよ。おれも、こんなに応援してくれるんならって、メッセージ送ったんだよ、不肖上森、貴女のようなうら若き乙女に熱いコメントをいただき、光栄の極みです!って、なあ、それからどうなったと思う?」
 別に聞かなくてもわかるけど、上森さんの顔が紅潮してきて、なんだか可哀想になってきたので、僕も気になって仕方ない的なノリで応える。
「それ、やばいじゃないすか、どうなったんすか?」
「なあ、聞いてくれよ、聞いてくれよ! るりちゃんさあ、るりちゃんさあー! うっ、うっ、、、」
 急に目に涙を浮かべ、慟哭せんばかりの上森さんに、正直僕は引いてしまった。なんだ、クスリでも売られたのか?
「るりちゃん、すっげえ長文のメッセージを返してきてくれたんだよ! あの子さあ、もう、めちゃくちゃ苦労してきた子で、親の作った借金を夜の仕事で稼いで返してるっていうんだよ! おれは、もうかわいそうでかわいそうで、、、明日が返済日なんですけど、もうわたしはカラダを売るのはいやです、くるしいです。わたしはどうしたらいいんですかって、書いてあってさ、、、なあ、おれ、それでどうしたと思うよ?」
 聞くまでもなく、その先の展開は想像できたし、正直もう、うんざりしていたが、上森さんに話を合わせてやる。
「大変じゃないっすか、それでどうしたんすか?」
 その場で、クルンと一回転して、波止場でやるような変なポーズをキメる上森さん。
「おれがるりちゃんを救ってやったんだよ! 100万! 一括払い! サッと代わりに返してやったんだよ!」
 思った以上に、頂かれてたーー!!
「もう、るりちゃん喜んじゃって、喜んじゃって! ありがとうございますありがとうございます、あなたは神さまです!  ってな! 貧困少女を救う神が、令和に降臨したってわけだよ!」
 アホの神だな。

 ーーそれからも上森さんは、くだらない話を延々と続け、そうこうしているうちに休憩時間が来たのであった。

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