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私立諸越学園芸能科 特別編(前編)

※この作品は2012年に執筆されたものです。

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特別編(前編) 谷村さんの憂鬱

 谷村さんは、人気お笑い芸人である。
 しかし、残念なことに鬱を患ってしまったので、現在は自宅療養中なのである。

「しかし、仕事はやりたくないけど、ごっつ暇やな~。誰か来えへんやろか。全然、誰も来えへん! 薄情なヤツらばっかりやわ~」

 谷村さんに、友達はいなかった。
 テレビの中ではいつもハイテンションな谷村さんだが、カメラが回ってないときはとにかく寡黙なシャイボーイなのである。
 収録が終われば、即帰宅である。周囲の芸人仲間からは「谷村さんは人付き合いが悪い」と、専らの評判だ。

「やることもないし、エロビデオでもみっかー。さっき届いた女子校生モノをさっそく」

 ネットショップから届いたばかりのDVD入りの封筒を手に取る谷村さん。傍らにはティッシュ箱も用意して、すっかり臨戦態勢だ。

 ピンポーン

「なんや? またなんか届いたか? せやけど、おれ、わざわざ宅急便のにいさんが届けにくるようなデカい荷物頼んだかな?」

 谷村さんは、配達員と顔を合わせるのが面倒なので、アダルトビデオを注文するときは常にポストイン指定なのである。

 ピンポーンピンポーンピンポーンピンピンピンピンピンポーン

「うるさいねん」

 ピポピポピポピポピンポーン
 ピポピポピポピポピンポーン

「うるさいいうてるやろ! ……おっ、おまえ」

「谷村さん、ひさびさっすわー。今日は、谷村さんの見舞いに来たんですよ」

 谷村さんの相方の安倍であった。
 谷村さんと安倍、2人合わせてエイティーエイト。いまや日本の大物お笑いコンビと言われている2人である。

「おう、なんやおまえか……まあええわ、入っ……」

 谷村さんが言うまでもなく、部屋の中につかつかと入りこむ安倍であった。

「おまえ、おれが言う前に勝手に上がり込むとか何様やん」

 安倍のぶしつけな態度に苦言を呈す谷村さんだったが、しかし顔はほころんでいた。見舞いに来てくれたことが嬉しかったのである。

「谷村さんが、なかなか復帰してくれないから心配してたんですよ。入院から自宅療養なった聞いたんで、今日はちょっと顔見に来たんすわー」

「おまえ嘘言うなよ、この間のラジオで『ひとりのほうが気楽やわ~』言うてたやろ!」

「谷村さん、それメディア用の冗談すから~。ぼく、本当に心配だったんすよ」

 谷村さんは鬱なので、冗談だとは理解しつつも、やっぱりおれ嫌われてんやないかと、ついつい疑ってしまうのだ。

「大丈夫すよ~谷村さん、ぼくが本気で心配してるっていう証明のために、今日はええもん持って来ましたから! ……谷村さん、こういうの好きでっしゃろ?」

 いやらしい笑顔を浮かべながら、谷村さんに紙袋を見せ付ける安倍。

「なんや? 差し入れかなんかか? おれ、いま甘いもんはあんま喰う気ねえへんぞ」

「またまた~谷村さんわかってるくせに~、谷村さん長い入院で溜まってる思いましたから、ぼくがとっておきのを探してきたんすよ~」

 紙袋の中から一枚のDVDを取り出す安倍。アダルトビデオであった。

「お、おまえなかなか気が利くやん」

 さっそく安倍からDVDを受け取る谷村さんだったが、パッケージに書かれたタイトルを見て絶句した。

『スーパー熟女伝説!! 山本のぶ子さん(65)脅威の潮吹きスプラッシュ!! 今夜も3回戦!!』

「ね、年金もらえるやん……。こんなわけわからんビデオに出えへんでおとなしく年金もらっとけよ」

「あれ? 谷村さん、熟女好き言うてませんでしたっけ?」

 谷村さんはテレビや雑誌などのメディアで、女の好みを訊かれた際は「包容力のある年上に甘えたいっすわー」と答えるのが常であった。

「や、まあ、おれみたいな絶倫なやつには、確かに経験豊富な 脂[あぶら]の乗った女が向いてるとは思うてるけどね」

「そうすよね! そうすよね! だからぼく、たくさん谷村さんの好きそうなの持ってきたんすよ!!」

 次々に紙袋からアダルトビデオを取り出す安倍。

『衝撃のリアルドキュメント! 38歳童貞が、実の母親で筆おろし!! 母さん、僕イっちゃう!!』

「それ、法的にアウトやろ……」

『ビーストファック!! 熟女リポーター島松トモ子がライオンと全裸の一本勝負!!』

「ライオンとか、頭噛みつかれるどころやないで~喰われるやろ!」

『JKJ48—48歳オーバーの熟女48人が集まって全裸大運動会!!』

「想像するだけで、恐ろしいわ……」


「あれ? 谷村さん、どうしました? 顔色悪いっすよ」

 谷村さんは、本当は若い女の子が好きなのである。ネタで年上好きとか言ったことを、今更ながらに後悔するのであった。

「ああ、昨日は女とやりまくったからな。疲れとるねん」

「さっすが谷村さんやわ~! 退院早々女を連れ込むとか、モテる男は違いますね! ぼくはモテへんので、仕事するしかないですけどね! 谷村さんがうらやましいですよ~」

 本当は、仕事を休んでひとりでアダルトビデオを見ていただけなのである。かつては谷村のコバンザメと言われた安倍も、いまや名司会者と評価されるようになっていた。谷村さんは、マイペースに仕事をこなしている安倍がうらやましかった。

「安倍、おまえもおれがいなくてもどうにかなるんやろ?」

 もともとは学校の後輩だった安倍である。谷村さんは相方の成長に複雑な気分なのだった。

「なに言ってんすか谷村さん! いまのぼくがあるのも谷村さんのおかげっすよ! はやく元気になって帰ってきてくださいよ~。ぼくかて、ひとりは寂しいんす。エイティーンエイトは、谷村さんとぼくの2人で成立するもんなんすから!」

「そっか、そやな。まあ、たぶんもうすぐ戻れると思うわ」

 谷村さんの目に、キラリと光るなにかがあった。安倍の言葉に感動して、思わず泣きそうになったのである。

「あれ、谷村さん? 泣いてんすか?」

「泣いてんちゃうわ! 目に虫が入っただけや!」

 そうして目を擦る振りをする谷村さんだった。

「そうすか……じゃ、ぼく今日のところはもう帰りますわ。今日のラジオで、谷村さんが元気やったって、リスナーのみんなに報告するんで、谷村さんもよかったら聴いてくださいね!」

「せんでええし、おれもそんなん聴かんからなー」

 谷村さんの、照れ隠しである。谷村さんは、いつも素直になれない人だった。

「あれ、谷村さん、そこにある封筒なんすか?」

 谷村さんが小脇に抱えている物体に気付いた安倍。

「これか? まあ、おれほどになるとエロビデオ屋が勝手に送ってくるんやわ」

「なになに『パイパン女子校生、卒業即AVデビュー』!? 谷村さん、熟女好きがこんなん見たらあきまへん! これは、ぼくが持って帰りますからね」

 安倍は、谷村さんから女子校生モノAVを奪い取り、そのまま帰っていった。

「あれ、届くのいまかいまかと待ってたやつやったのに……」

 安倍がいなくなった谷村さんの家は、すっかり静かだった。残されたのは、マニアックな熟女AVの山である。

「こんなん、誰が見るっちゅうねん。仕方ない、出会い系サイトで女子高生ナンパすっかー」

 谷村さんは、本当は女子高生が大好きなのであった。

「くそっ、せっかくええ感じの女子高生みっけたのに『エイエイの谷村さんに似てる』ってメール送ったら、それきりメール来なくなったわ~。なめてんのか!」



 そうこうしてるうちに、夜が来た。約束のラジオの時間である。

『はい!! 今日も始まりましたよ~ エイティーエイトのオールライトイッポン! 今日はぼく、実は谷村さん家に行ってきたんすわ』

「あいつ開始早々おれの話しとるわー」

 もちろん、しっかりとラジオを聴いている谷村さんであった。

『みんな知ってると思いますけど谷村さん、心病みおって、いま仕事休んどります。なかなか復帰せえへんから、皆さんも心配しとると思いますけど、結論から言うと大丈夫です! 谷村さん、全然大丈夫!』

「はっはっは、えーねー飛ばしとるわ安倍のやつ。もう、おれ来週から復帰したろうかな」

『もうホント谷村さんすごいですよ! 谷村さん家に近付いたら、なんか「オウオウ」音がするんすよ! 谷村さん、鬱やからぼく心配になりましてね、人生に悲観して、なんかやらかしてんのかと思いまして、ぼく急いで谷村さん家に飛び込みましたから! もう、それは猛ダッシュですよ! そしたら、皆さんどうなったと思います? ぼく、もう驚きましたよ! 唖然としましたね!』

「ひっぱるなー安倍は、はよオチ言えよ! おれは元気やったって」

『なんと谷村さん、真っ昼間から女とやってました! 相手はおばはんです! そこらのスーパーでネギ買ってそうな臭そうなおばはんです! おばはんが「オウオウ」喘いでたんすわ! もう、ちょっとしたホラー映画っすわ!』

「おい、ちょっと待てーな!」

 事実と違うことを平然と言ってのける安倍に、谷村さんは驚いた。

『ぼく、もう衝撃の展開になにも言えまへんでした。そしたら、谷村さんね、ぼくに気付いて満面の笑顔で言うんすよ。「どや、おまえも一緒に」ってね! ドヤ顔です! これ以上にないドヤ顔でしたよ!』

「なんやそれ! おれ完全に変態やんか!」

『ぼくも、さすがに谷村さんのレベルにまでは付いていけへんので、「いいえ結構です」と丁重にお断りして、谷村さんのお楽しみが終わるまでスタバでコーヒー飲んで待ってましたよ。いやホント、谷村さんはクレイジーですわ! はいクレイジーということで、今日の一曲目は、今年で結成20周年だかなんかですってね、TWFの『クレイジーどやクレイジー』です! TWFのボーカルならぼくでもイケます!』

「確かに45歳のわりには若いけど、おれは今度この曲をカバーするグループのちっちゃい奴のほうがええわー。女子高生やし!」

 安倍のデタラメな話に狼狽しつつも、女子高生に関しては谷村さんは譲れないものがあるのである。

「あの、ちっちゃいのは、なかなか根性があってええ! 顔もかわええし、歌もうまいし、胸もデカいしおれ好みやわー」

 期待のグループのちっちゃい女子高生は、特に谷村さんのお気に入りのようだった。

『はい、谷村さんの話の続きなんですけどね! コーヒー飲んだぼくは、また谷村さん家に戻ったんすけど、もう臭そうなおばはんはいなくなって、谷村さんくつろいでましたね。 顔つやっつやっですよ! 詳しく聞いたら、谷村さんなんと、宗教の勧誘に来たおばはんをナンパして、そのままヤってしまったそうですよ! 谷村さん、家に来るおばはんはヤリまくりやって! みなさん谷村さん、鬱病やなかった! ホントはセックス依存症だったんすよ!』

「おい待て! おれは、どっかのスーパーゴルファーかなんかか! 番組に抗議電話かけたる! なんやこれ、『お掛けになった電話番号は使われていますが、忙しいのでまた掛けてください』とか、なめてんのか!」

『凄いですよ谷村さん! 番組にリスナーの皆さんからの抗議電話がバンバン掛かってきます! 『谷村さんの嘘つき! 仕事サボってないで、はやく復活しろ!』 谷村さん、大変すわー。こりゃ、はやく復活してみなさんに弁解せえへんと』

「嘘つきは、おまえやろ! ……ん、みんなおれの復活を期待してんのか?」

 今にも怒りで暴れまくりそうな谷村さんだったが、ラジオから次々とリスナーの「谷村帰ってこい」コールが聞こえてくると、次第にその顔は穏やかになる。

「……こりゃ、来週はスタジオに行かなあかんな。安倍のホラ吹き野郎をしばいてやるわ!」

 そう言った谷村さんの笑顔は、心の底から楽しそうに見えたのだ。



『谷村さん、ぼくが差し入れたAVの『あの元有名子役井達祐実の母親、井達有里AVデビュー』をごっつ喜んでくれましてね、「これ、欲しかったんすわー」と、泣いて喜んでくれたんすよ!」

「だから嘘をつくなって!」

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