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創作小説・放課後スリーポイント

 拙作『明青高校シリーズ』のスピンオフの前日譚ですが、単独でも読める内容なので、こちらでも公開してみます。2007年頃に執筆されたものです。

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 僕が「オレ」に慣れた頃の話。




「しっかし、誰もいね~でやんの!」

 体育館に来た早々に、小暮が叫んだ。

 小心者の小暮は、普段は大声で叫ぶような奴じゃない。

 体育館には今、僕たちしかいなかった。

 僕たち1年生をさんざんこき使った3年生は既に引退しているとはいえ、2年生はまだバリバリの現役だ。

 弱小のくせにして、上下関係のうるささについては、我が明青高校バスケットボール部はインターハイ出場レベルだった。

 小暮なんか、同じ1年生の中でさえビクビクしている。


「仕方ないよ。この時期だし……。それに――」

 体育の授業で使ったのだろうか、仕舞い忘れて転がっていたバスケットボールを、僕は拾う。

「今日はバレンタインだからね」

 そしてゴール目掛けて、シュートする。

「外れた! 全然駄目じゃん黒田」

「仕方ないよ。 大体、まともに練習すらできないんだから」

 これまでの部活動といえば、2・3年生のパシリをしていた事ぐらいしか、記憶になかった。

「はぁ~あ。バレンタインでみんな部活サボリなんて、さすが明青高校。自由な校風で名高いだけはあるぜ~」
 
 小暮は壁によりかかり、脚を投げ出して座っていた。

「やる気ないな~。 せっかくだから練習しようぜ」

 僕は再び、ゴールに向けてシュートする。

 ここからの位置なら、3ポイントが狙える。

 3ポイントシュートには憧れがある。

 僕が昔読んだバスケ漫画で、主人公チームの窮地を救ったのが、普段は目立たない補欠部員が放った3ポイントシュートだった。

 バスケ部に入ったからには、当たり前のように成功させたい。

 あの漫画の名シーンのように、チームの逆転勝利を導いた3ポイントシュートを―― 

「ああっ! また外れたっ!」

 小暮もヤジ飛ばしてないで、少しは練習したらいいのに。

「なぁ黒田、今週の『レアル』読んだ?」

「読んだ! 清彦が出てたよな!」

 僕が昔読んだ漫画と同じ作者の最新バスケ漫画が、『レアル』だった。

「ああ。でもあの漫画、試合とかほとんどやんねーから、つまんね」

 そ、そこがいいのに。『レアル』はキャラクターの心理描写が重厚で(以下省略)なんだ! これだから素人は!

「あとヤンジュンではなに読んでる? 俺『ガッツ』」
 
「『ガッツ』いいね! タイちゃん萌えるよね! オレは『エロホンリート』とかも好きだな!」

「あの漫画オタクくさいから、俺好きじゃない」

 お、面白いのに!

 『HENTAI×HENTAI』の吐餓死先生もオススメの漫画なのに!

 これだから本当に素人は!

 もう小暮なんて、ほっとけ。

 僕はバスケットマンなんだから、練習あるのみだ!

 3ポイントシュートを再び狙う。

「ああ~全然ダメ!」

 外れた。

「小暮黙ってろ! 集中できない!」

「バーカ、俺のちょっとしたヤジ程度で集中できないんなら、本番の試合んときはどうすんだよ?」

 確かに……。僕ぐらいにしか大きい口叩けないくせに、小暮の言い分は確かにその通りのような気がした。

「黒田ってさ。男と話す時は自分の事『オレ』って言うのに、女と話すときは『僕』ってなるよな? それ、なんでなの」

「なんでって、言われてもな……」

 苦手なんだよ。生身の女の子と話すのは。

 ギャルゲーの中の女の子なら、簡単にエッチする展開にいけるんだけど。
 
「まあ、女と話すときって、お前いつも顔真っ赤だしな~。そりゃバレンタインにチョコももらえないよな~」

 失礼な!

 学食のおばちゃんが、サービスだとか言って、5円チョコくれたぞ!




 今日の昼食は涙の味がしました。

「小暮だって、もらっ……」

「小暮くーーん!」

 女の子の声。

 体育館の中に、突然高い声が鳴り響いた。

「青木さん!?」

 動揺する小暮。

 体育館の入り口には、青木さんと呼ぶらしい女子生徒が、うつむきながら頼りなさげに立っていた。

 その手には、リボンが巻き付かれ、ハート柄の包装紙で包まれた何かを持っていた。

「え? 俺に? 青木さんが? マジで!?」

 さっきの僕への忠告はなんだったのやら、今は小暮の顔が真っ赤になっていた。

「行きなよ。頑張れよ」

 僕はそう言って、小暮の肩をポンと叩いた。

 その時の僕は笑顔だった、と思う。

「あ、ああ。じゃ、じゃあな黒田」

 小暮は、バレンタインチョコをプレゼントしに来てくれた女の子とともに、帰っていった。

 さぁて、僕は練習の続きをしよう。

 まだまだ部活終了までの時間は長い。

 今日は邪魔者の2年生もいないし、やる気のない1年生もいない。

 僕ひとりだ。

 3ポイントシュートを修得しよう。

 目指せ、100発100中。

 投げる――

 外れた!



 帰ったら、『どきメモ』をやろう。

 バレンタインイベントで、何個チョコをもらえるか楽しみだ。

 いいんだ。僕にはギャルゲーがあるんだから。


 投げる。

 ――惜しい、けど、入らない。


 投げる。



 高校に入学して、

 髪の毛も茶髪に染めて、

 『僕』から『オレ』に変えて、

 バスケ部に入って――



 結局、僕はどれだけ変わる事が出来た?


 ――ボールは、入らない。



「くそっ、こうなったら、あれだ! 左手は添えるだけ……」


「ひゃあああ~! ひっ、人がいたのですよ~っ!」

 へっ?

「よかった~。よかったのですよ~。 せっかくのチョコレートが無駄にならずにすんだのです~」

 体育館の入り口に、

 女子生徒。

 同じ1年生。

 知らない子だ。

 別のクラスの子だ。

 ビニール制の手提げ袋を抱えて、僕のとこまで走ってきた。

「ここここんにちは」

 めっちゃ噛みながら、女の子はおじぎしてきた。

 ジャージ姿だった。

「こ、こんにちは」

 わけもわからず、僕もとりあえず挨拶した。

「あ、あのですね~。ぶ、部活の人にちょ、チョコレートを配ろうとしたら、な、なんとおうちに忘れてきてしまったのですよ~。それで、急いでおうちに帰って、ちょ、チョコを取って、戻ってきたんですけど、じ、実はそれが洗濯物でして、また、おうちに戻ってですね~、今度こそチョコを持って学校に戻ってきたのです~。で、でも、部活の人、誰もいなくてですね~、そ、それで誰か代わりにあげる人を探してたのですよ~」

 噛みまくってるから、いまいちわからなかったけど、要するに同じ部活の男子生徒に配ろうとしたチョコレートを家に忘れてきて、紆余曲折経て学校に戻って来たときは誰もいなかった。

 そして、誰か代わりにチョコをあげる人間を探していて、僕を見つけたらしい。

 変わった子だった。

「あ、あの~。も、もらってくれるでありますか?」

「う、うん」

 そのとき、僕の顔はやっぱり赤かったのだろうか?




 ドロドロに溶けたチョコは、安物の市販品だったけど、でもやっぱり、おいしかった。

「ぅうう~。おいしいですよ~。でも鼻血が出そうです~」

 和桐さんという女の子が持ってきたチョコは、彼女と同じ陸上部の男子部員と同じ数だけあったので、ふたりでいっしょに分けて食べた。

 僕だけでは、食べきれないから。

 和桐さんの両手が、チョコまみれになっていた。

「あっ、て、ティッシュ貸すから!」

「あ、ありがとうございますです~」

 やっぱり、変な子だった。

 でも、なんだろう。

 この妙な胸騒ぎは。

「あの~。ここでなにをしていたのですか~」

「あっ、3ポイントシュートの練習……」

 やっぱり、どうも女の子とはうまく話せない。

「みっ、見たいのですよ~」

「えっ、わ、わかった」

 

 ボールを持つ。

 力は入れない。

 それで、例の漫画の教えを実行。

 左手は添えるだけ――

 投げた。

 ゴールに向かって行くボールの軌跡が見える。


 入れ!

 僕はこの1球に願いを賭けた。


 もしもボールが入ったら――


「あ~っ! 入りました~っ! やりましたですね~っ!」



 もしもボールが入ったら――

 2年生になったら、君と同じクラスになれますように。

 そんなちっぽけな願いは、でも確かに叶うような気がしていたんだ。


It is necessary to see the dream.

And, the story started

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