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創作小説・神崎直哉の長い1日 第3話 イケメンは女嫌い


「直哉クン♪落ち着いた?」

「まあな」

 俺は加齢臭が出してくれた紅茶を飲みながら、さっきの加齢臭の新作官能小説に目を通していた。

【著者プロフィール】
金剛 玉の助
15年前から官能小説を執筆し続ける、エロスの第一任者! その勢いは留まるところを知らない! 代表作『デカメロンサーガ』『スイカップ極秘指令』など多数。

 今、俺の目の前にいるクネクネしたキモい中年親父こそが、まさに官能小説家 金剛玉の助その人であった。

 俺には母親はいなかった。

 俺を産んだ数ヶ月後に病死したらしい。
 で、それ以来父一人子一人の生活が続いているのだった。
 生活は苦しくなりそうだったが、どういうわけか我が家は裕福そのものだった。
 玉の助は自分の官能小説が売れ続けているからだと、口癖のようにのたまうのだが。
 俺はここ最近まで、書店で親父の官能小説など見掛ける事すらなかった。
 売れるようになったのは、例のイラストレーターが挿し絵を手掛けるようになってからだ。
 と、いうわけで男二人が住むにはデカすぎる我が家なのだが。
 俺は今の生活に満足していた。
 さっきから俺は親父に対して憎まれ口を叩きまくってるが、別に軽蔑しているわけではない。
 尊敬とまではいかないが、俺をここまで育ててくれた事に感謝している。
 さっぱり売れない官能小説家の家が、なぜこんなに立派なのかなどの謎は多かったが、別に気にするほどではない。


 俺の問題は別なところにあった。

 
【イラストレーター】
水名月  楓
 同人業界のトップをひた走るまさに生きる伝説!主催サークルdark moonは常に満員御礼!


 ふと目についたイラストレーターのプロフィールを見て、また気分が悪くなってしまった。
 どういうわけか俺は昔から、女が苦手だった。

 病的に。

 半径1メートル以内に入られると、吐き気をもよおし、体中に湿疹が出るくらいだった。
 イラストなどの二次元の物は、何の問題もないのだが。
 現実の女は想像するだけでダメだった。
 なぜこんな事になってしまったのか。
 どうやら幼い頃に何か決定的な事件があったらしいが、俺の記憶からはそれが何なのかすっぱり抜け落ちているのだった。

『ポッポー♪ハトポッポ―♪』

 能天気な鳴き声と共に、壁掛け時計からハトが飛び出した。
 もちろん加齢臭の趣味だった。

 悪趣味。

「ねえ、直哉クン!ちょっと大事な話があるんだけどいいかな♪」


 時間はすでに夜の12時を過ぎていた。
 多少早い気もするが、わざわざ夜更かしする気分ではない。

 明日は学校だった。

「わりい親父。今日はもう寝るわ」

 俺はテーブルの上に残っていた最後の一個の和菓子を口に入れ、リビングを後にした。

「えっ!そうなの?」

「ああ。モナカ美味かったよ。話はまた今度にしてくれ」

「ていうか明日には来ちゃうんだけど……あっ!ボクが食べようと思ってたモナカが~っ!!」


 加齢臭が何やら妙な事をわめいていたが、俺はもう眠たかった。

 まどろんだ意識で自室へと向かうの。




 この時は翌日に起こる展開など知る由もなかった。

 俺の運命はこの時から急激に変わろうとしていたのである。

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