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雑文・初触 漫画感想『サナギの心臓&文学鑑賞 谷崎潤一郎『痴人の愛』
ラストまで読んで、これって谷崎潤一郎じゃんと思ったのがジャンププラスにて掲載された読切漫画、『サナギの心臓(ハート)』の最初の感想でした。ちょうど最近も谷崎をエッセイのネタにしたばかりなので、良いタイミングでした。では、『サナギの心臓』のあらすじを紹介しましょう。
魔界。そこは偉大な魔女が統べる数多の魔物が存在する。人間界と遠く離れた 日の届かぬ、その地の奥深くには、魔力を全くもたない魔族の少年、冥太郎がいた。魔物たちの間には古くからの伝承があった。「人間の心臓を喰らったものは膨大な魔力を手にすることができる」と。冥太郎は、魔力を得るため人間界から人間を召喚する。しかし、現れたのはボロボロで死にかけの小汚い少女だった。冥太郎は、少女の心臓を喰らうことを一旦、保留とし、育てることにした。「蛹(さなぎ)が美しい蝶と成るように 蕾(つぼみ)にも花開く時が訪れる どうせなら大切に慈しまれて育った 見目も中身も富んだものを喰らいたい」
そうして一年が過ぎた。少女は、美しく成長していた。そんなとき、大魔女から小包が届く。その中には、、、
といった感じのあらすじ。この作品を紹介するにあたり、作者の梶本あかりさんの以前の作品も読んでみましたが、この方漫画が上手い! 倫理観がしっかりされた方で表現についても抑制されていて、それが逆に生々しいエロスを醸し出すことについて成功しています。この『サナギの心臓』については、見開きなどの絵の説得力や、読者が望むべき展開に導きつつも、最後の最後に全く予想できなかった意外のラストを迎えます。ネタバレになるので、ここは実際に読んで欲しいんですが、このラストに谷崎潤一郎の『痴人の愛』や『刺青』のようなエロティシズムを感じるのです。自らが作り出した美に圧倒され、呑み込まれていくという退廃的な空気感が素晴らしいです。過去作含めて、皆さまにも読んでいただきたい作品です。
で、ここからは私と谷崎潤一郎との出会い。以前もさらっと書いたことはあったが、それは高校時代の事であった。それ以前も、太宰治の『走れメロス』で読書感想文を書いたことなどがあったが、まだ教科書に作品が載るなんか偉い人みたいな感じで、まだ文学作品の面白さを知るまでは至らなかったのである。メロスも、後から読んだら、なんやこのツッコミ所だらけの内容のめちゃめちゃリズム感のある文体の作品は!? などと感じるのだが、子供のときはただの友情の美しさだけを書いた作品だと思っていたのだ。違う違うそうじゃない。文学は、もっと狂ってるんだって!
そう、純文学という、世間でいう立派な小説家様が書いた作品は、実は狂ってるんだ! と教えてくれたのが、谷崎潤一郎の『痴人の愛』だったのである。その出会いは、何処かの家のゴミ捨て場に置かれた一冊の新潮文庫版の『痴人の愛』だった。紐に巻かれるわけでもなく、本の山のいちばん上に置かれたそれに妙に惹きつけられた私は、何気なく手に取り、「あっ、これ、教科書にも載ってる有名な人の小説だぞ。の割に、なんか表紙が怪しげな感じだし、本もそんな汚れてないからこっそり貰っていこうかな」と、私はその文庫本を拝借したのである。スニーカー文庫とか電撃文庫の小説は中学のとき、よく読んでたけど、高校時代は恋愛なぞにうつつを抜かして、小説は全然読んでなかった(漫画は逆にめちゃめちゃ読んでた)から、久々に読んでみようかな、と何気無く読み始めたのだが、文豪と呼ばれる作家の割に文章はめちゃくちゃ読みやすく(谷崎の一連の作品の中でも特に読みやすいのが『痴人の愛』だったのが幸いした)、真面目に働くちょっと冴えない主人公譲治が、カフェで働く15歳のウェイトレス、ナオミを引き取り、自分好みの女性に育てようとするのだが、最終的には彼女はとんでもない淫婦になってしまう。他の男と当たり前のように寝るナオミをしかし、譲治は捨てることができない、最終的には支配されてしまうのだが、それでも譲治は恍惚とし、彼女に惚れているのだから仕方ない、と物語は終わる。読んでいる間は、二人の関係がどうなっていくのか続きがとにかく気になり、1日か2日で読み終えてしまった。そうして、こんなエロゲーみたいなぶっ飛んだ話を大文豪と呼ばれる作家が書いていたと思うと衝撃を受けるのだった。まあ、「幼い少女を自分好みに育てる」という物語は、紫式部の源氏物語が先なのだが、当時の私は凄いモノを読んでしまった。たまげたなあ。という感想であった。文学に対する見方も変わった。文学、おもしれーじゃん! というファーストコンタクトが、この谷崎潤一郎の『痴人の愛』なのである。
さらに『痴人の愛』について解説すると、実は私小説的な側面を持ち、ヒロインであるナオミに実在のモデルがいて、実際に作者である谷崎が似たような事をしていたのである。もちろん、源氏物語(谷崎は三度も現代語訳を試みている)のエピソードが念頭にあったのだろうが、それを実際にやるとはとんでもない変態である。
大正三年の頃、谷崎にはお気にの芸者、お初がいた。谷崎は、彼女を嫁にしたかったのだが、お初には旦那がいて、それはかなわなかった。お初は、谷崎好みの女性で、なかなか悪魔的な妖艶な女性だったらしい。お初には、二人の妹がいて、そのうちの姉のほう、千代子と谷崎は結婚する事にした。芸者の経験もあるとの事で、お初のような、悪魔的な女性と思い、深く考えずに結婚したのだが、ところがどっこい、千代子は、貞淑で従順な、家庭的な女性でした。それならよいじゃん、嫁ガチャ大成功っしょ! と普通なら思うでしょうが、谷崎は変態でしたので、このSRS嫁に満足する事ができず、谷崎の愛情は千代子の妹のせい子に注がれます。妻子を実家に置いて、別宅でせい子と同棲したり、せい子を映画女優に仕立てあげたりと色々してるうちに見事にせい子は立派な悪女になりました。金を使いまくるわ、ヤンキーと一緒に海でヤンチャしたりと、もうめちゃくちゃです。さすがの変態谷崎も、これには参ってしまい、せい子を牽制するつもりで、浅草の女優と付き合ったりしましたが(牽制で女優に手を出すなよ)、逆効果でせい子は何処かへと行方をくらましてしまいました。純一郎、意気消沈! いくら探しても見つからないせい子でしたが、なんと日本橋で芸者ガールになっていたのでした。一段とあでやかになっていたせい子の姿を見て、谷崎は唖然とするのでありました。おしまい。
谷崎潤一郎の恋愛遍歴は、まだまだ続くのですが、今回は『痴人の愛』に関する、ここまでとします。
今回の記事執筆にあたり、『サナギの心臓』の梶本あかり先生の過去作も読みましたが、それも併せて紹介します。
連載作品『口が裂けても君には』は、我々世代には馴染み深い都市伝説、「口裂け女」をヒロインにした恋愛漫画。序盤3巻分くらいまでの感想になりますが、あの有名な口裂け女を萌えキャラにしたら面白いんじゃね?的な軽いノリの漫画かと思ったら、これが尊い! 毎話、うわあああーと身悶えてしまう描写がある、男女両方とも楽しめる素晴らしい恋愛漫画です。上の方でも書きましたが、作者のまっとうな倫理観がところどころにうかがえ、行き届いた配慮ある描写には感心してしまいました。安易なハーレムものに陥らず、愛について真摯に向き合っている姿勢が良いです。新作読切掲載にあたり、4巻分無料公開しているとのことなんで、皆様も読んでみてください。
読切作品『弟×嫁なんて認めない!』は、車に轢かれそうになった子供を救って死んでしまった主人公、その遺された新妻に主人公の弟が手を出そうとしていて、幽霊になった主人公が、ハラハラしながら見守っている、というネトラレ系ハートフルコメディ?作品ですが、まだ作者さんの倫理的な作家性を理解されていない頃に発表された作品だったからか、コメント欄が賛否両論です。しかし、作品ラストの描写をしっかり見れば弟の兄に対する深い愛情がわかる良作だと思います。私的にはさり気なく置かれてある『YES NO 枕』がツボでした。この小ネタに読者があんまり気づいてないみたいのが残念でした。ちなみにYES NO枕とは、性交渉の意思を表示する枕のことで、YESなら「今日してもいいよ♡」NOなら、「今日はダメだよ」という意味です。作中では「NO」になっています。なので、ネトラレ展開などは最初からありえないのである。
小説も、漫画も、良いものはよい!!
これからも、良い作品はどんどん紹介していきたいですね。自分の小説も書かないといけないけど。
※画像はジャンププラス『サナギの心臓』より引用