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創作小説・鳥の唄ー歌えない歌姫ー


 2012年執筆の未完作品です。実験的にnoteでも掲載してみます。文体のテンションのバランスなどは、自分の作品の中でも安定しているので、好きな作品です。いずれ完結まで執筆できたらとかんがえています。

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 「なんだ、ありゃ」

 その男は、自分の見た物が信じられないといった様子で目を擦った。

 男は、春先になるといつも自宅のベランダに双眼鏡を持って立つ。ここからは、渡り鳥が群れをなして飛ぶ姿が見られるのである。狭い日本の片隅で、日々ルーチンワークに従事する彼にとって、世界を自由に渡る鳥たちはちょっとした憧れの対象だった。かつては、敏腕ジャーナリストとして世界を股にかける男になりたいと夢見たこともあった。しかし、今は妻ひとり子ひとりの、この家庭を守るためで精一杯の何の変哲もないサラリーマンだ。所詮、俺は渡り鳥にはなれない留鳥[りゅうちょう]なのだ。

 今日、あの晴れ空を渡る鳥たちはシギの一種だろうか? バードウォッチングが趣味になって、鳥の種類にも多少は詳しくなった。あれはキョウジョシギだろうか? よく目立つ黒のまだら模様が京都の女性の着物に似ていたことから、そう呼ばれるようになったと聞く。俺も新人だった頃は、出張先の京都で舞妓さんといい仲になったこともあったが、化粧を落とした顔はまるで……

 そう、優雅な渡り鳥の群れの中でただひとり不格好にふらふらと必死に飛ぶ、あいつのような顔だったんだ。え!? ちょっと待てよ、なんで1羽だけおかしな鳥が混じってるんだ。

「あれは確か……」

 男が目を擦って、再び空を見たときには、もう渡り鳥たちが過ぎ去ったところだった。後には、雲ひとつない青い空が広がるのみ。

「寝たりないようだな。せっかくの休日だし、二度寝するか」

 新聞屋が朝刊をポストに入れる音が聞こえたが、どうせたいしたニュースはないだろう。妻と娘には悪いが、今日は昼まで寝ているとしよう。そう思いながら、男は自室のベッドへと戻っていった。


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 俺の名前は古井隆介。レコード会社兼芸能事務所ベイマックスにて所属タレントのマネジメント業務を行っている。ベイマックスは元々レコード屋が本業だったが、ダンスミュージックブームを経て業績を上げ株式上場などを果たした後は事業拡大し、タレントマネジメント業務も行うようになった。それで引き抜かれたのがアイドル系タレント敏腕マネージャーとして、その筋じゃ名を知られていた俺ってわけだ。もっとも俺が敏腕だなんて思ったためしは、一度としてない。多数手掛けたアイドルたちの一部に、圧倒的な天才がいたってだけさ。俺のしてることなど、わがままなアイドルの御機嫌取り程度。あいつらの面倒みるのも大変だぜ? 人の言うことは聞かないし、やっと売れたと思ったら陰で男作ってたのがバレてフェイドアウトとかな。見た目は華々しいが、あいつらアイドルはろくでもないやつばっかりだ。でも、本当にろくでもないのは、世間を知らない幼い子供たちを仕事漬けにして青春を奪ってる俺たち業界の人間なんだがな。

 成功するのは一握りで、後はろくに名前も知られぬまま消えていくアイドルたち。だけど、俺はこいつの名前だけは一生覚えているだろう。

 森野美鳥。
 七色の歌声を持つ少女。
 歌うことを忘れた歌姫、森野美鳥の名を——


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 2010年、8月30日。

■ベイマックスボーカリストオーディション、グランプリは13歳の女子中学生に

先日28日行われた、ベイマックスボーカリストオーディション決勝大会にて優勝者が決定。その栄冠は、東北在住の女子中学生森野美鳥(13)さんに送られることとなった。森野さんは、地方大会の時点でその圧倒的な歌唱力を評価され優勝は間違いと言われていたが、今回それが実現した。森野さんは、年末のCDデビュー目指し、今後は上京しレッスンに励むことになる。

●グランプリ森野さんにインタビュー

Q:「美鳥」とは変わった名前ですよね。

A:わたしのお母さんが鳥好きなんです。家でもインコが1羽いて、わたしと一緒に育ったんですよ。

Q:インコですか! 美鳥ちゃんみたいに歌ったりも?

A:覚えさせようとはしてるんですけど、うまくいかなくて。変な言葉ばっか覚えるんですよ(笑)

Q:ほほう。どんな言葉か気になりますね。

A:「バカ」とか「アホ」とか「チビ」とか(笑)なぜか、わたしをバカにする言葉ばかり覚えるんです。誰が、そんな言葉覚えさせたのか不思議で(笑)

Q:それは不思議だ。案外、美鳥ちゃんが教えたんだったりして。それはともかく、今後はどんな歌手になりたいのかな?

A:我那覇美奈恵さんや山崎みゆきさんみたいに、世界で通用したり自分で作詞作曲する歌手になりたいですね!

Q:ベイマックスの先輩アーティストの名前が挙がりました。これは言わされてますね!

A:そんなことないですよ(笑)

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「ねえねえ、今日の新聞見たーっ? これこれ、わたしのことが記事になってるんだよー!!」

「おれは夏休みの宿題の追い込みが忙しくて、新聞なんか見てる暇なんかない。つうかそもそも、新聞をとる金がない」

 朝っぱらから近所に住む2つ年下の幼なじみの美鳥が、新聞両手にノックもしないでおれのうちに飛び込んできた。

「見てないなら今見ればいいよ! ほらほら」

「なになにセクシー女優わくわく淫タビュー、『初体験の年齢は?』『16歳のとき、彼氏と学校の教室内で……」

「そんなインタビュー、わたし受けてないし!」

「逆、逆、裏表逆なんだっつうの」

 おれに見せてる紙面が、裏表逆なことを美鳥はいまだに理解していなかった。美鳥は、こういう天然ボケなところがある。おれは悪い奴らに騙されないか心配だ。

「あっ、素で間違えてた。ほら、こっちに紙面の4分の1使ってわたしの記事が出てるんだよお」

「隣に出てる『宇宙人またもや発見!』の記事のほうが扱いでけえじゃねえか。つうか、なんでよりにもよって競東スポーツなんか持ってくる」

 紙面の半分がデタラメで構成されてることで有名なスポーツ新聞だぞ、それ。

「だって、うちのお母さんがこれ好きなんだもん。それはともかく、ここ見てよ! サブローのことも書いてあるんだよー」

 サブローってのは、美鳥のうちで飼ってるインコのことだ。このインタビューにも書いてあるとおり、美鳥の母親の万里子さんは鳥好きでサブローは美鳥が生まれる前から飼ってたらしい。

「なになにサブローに『バカ』『アホ』『チビ』とか言われて困る? 全部その通りじゃないか。誰が教えたんだろうな」

「全然違うし。シラを切ってるし。どう考えても、こんな言葉教えるのはひとりしか思い当たりませんからー」

「万里子さんだな。虫も殺さぬような顔して、娘の悪口をインコに吹き込むとはなかなかよりよるわい」

 確かにあの万里子さんなら、ゴキブリすら殺さずに逃がすだろうということがおれには確信できる。美鳥が幼い頃に旦那さんを亡くして、母ひとり子ひとりの母子家庭で立派にやってきた人だからな。あの人は、人間ができてるんだ。というわけで、真犯人は……

「犯人は、谷川衛[まもる]。あなたです!」

 どこかの少年探偵よろしくポーズを決め、おれを指差す美鳥。

「残念、真犯人は新聞屋の吉田照彦(38)さんでしたー。日々の激務に疲れた吉田さんは、毎朝競スポを美鳥のウチに届ける際に、サブローに向かって「バカ」「アホ」と呟いていくのでありました。あのサブローとかいうインコは、ふざけたツラしてるしな。つい、出来心でやってしまうのだろう」

 オカメインコだったっけ。サブローは、人を小馬鹿にしたようなふざけた顔をした鳥なのだ。

「サブローは室内飼いしてるから、新聞屋さんが犯人なわけないし。どう考えても、犯人はマモルくんだよ」

「そんなことはどうでもいい」

 別に犯人が誰かとかは、どうでもいい。気になる事は別にあった。

「どうでもよくないし」

「美鳥、おまえもうすぐ上京するんだろ?」

「……」

 生まれたばっかの雛鳥のように、ピーチクパーチクやかましかった美鳥が沈黙する。

「その新聞記事にも書いてあるとおり、年末のCDデビューのために今から上京してレッスンだか色々するんだろ? 東北のこの辺じゃ、レッスン用のスクールとかも見当たらないしな」

 アホの美鳥がどれだけ理解してるのかわからんが、今回こいつがグランプリを取ったオーディションはベイマックスが社運を賭けて行うプロジェクトらしい。ネットで見掛けた事情通の話によると、オーディション合格後すぐに上京し、生活の全てを事務所に管理されるということだ。学校はもちろん転校。そもそも上京後、まともに学校に行けるのかどうか。

「うん。実は来週にはもう、東京に行かなきゃいけないんだ。学校も転校だって」

 二学期からは、もう美鳥の学校の制服も見れなくなるのか。朝の通学路、美鳥の通う中学とおれの通う高校への分かれ道。そこにたどり着くまでダラダラとくだらない世間話をしながら歩く、いつものあの日常も、もうなくなるんだな。なんだか急速に、色々なものが失われていくことにおれは動揺を感じていた。しかし、なにをどうすればいいかはさっぱりわからない。

「そうか。寂しくなるな」

 言わなきゃいけないことは他にあるはずなのに、おれはこんなことしか言えないのだ。

「うん。わたしからも大事な話があってね」

「なんだ?」

「お母さんのこと。まだわたしからも、うまく説明してないんだけど、ひとりになっちゃうでしょ? わたしがいないと、寂しいと思うんだ。だからマモルくんが時々、様子見に行ってほしいの」

 万里子さんは、美鳥を育てるためだけに生きてきたような人だ。その美鳥が急にいなくなれば、どうなるかはおれにも
想像がつく。

「ああ。わかった。でも、やかましい鳥が一匹いなくなって、案外前より元気になるかもな」

「やかましくないし! まったく……でも、頼んだよ。……あとね……」

「まだ、なんかあんのか?」

「……えとね、10月の誕生日には、こっちに戻ってこれるんだって。うん、そのときに色々話すよ。だから、プレゼント用意しといてよね!」

「はいはい、わかったでございますよ。給料3ヶ月分の指輪でもプレゼントしてやるから待ってろよな」

 本当に大事なことは、なにひとつ言えないのだ。あいつがおれをどう思っているかも、おれがあいつをどう思っているかも気付いているはずなのに。

「期待して待ってるからね! ……じゃあ」

 その言葉を最後に、森野美鳥はおれたちの住む町から去っていった。

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