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創作小説・神崎直哉の長い1日 第32話 六時限目ー2年B組ゴスロリ先生ー

※この作品のオリジナル版は2006年に執筆されたものです。

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「いよいよ黒衣天使のおでましだな! 我が輩は席に戻るぞ!」

 6限開始のチャイムを聞いた阿部が、自分の席に戻っていく。

 俺は戻ってきた草薙の様子を盗み見る。

 特に変わった様子もなく、日直日誌を机の中にしまい込み、代わりに英語の教科書とノートを出していた。

 よかった。さっき俺たちが日直日誌を勝手に覗いていたことはバレてないみたいだ。

 いつも通りの無愛想な顔がそこにあるのみだった。

 ドスッドスッドスッ

 威厳を感じさせるような足音が教室の方まで近付いてくるのを感じた。

 教室の戸の窓に黒い影が見えた。

 ガラガラガラッ

 影は勢いよく、引き戸を開けた。

「…………」

 無言で教室の中に入ってきたその人物は、長身でガタイのいい、サングラスを掛けた黒スーツを着た男。

 確かに阿部の言うように黒衣ではあるが、天使にはとても見えなかった。

 というかカタギの人間にはまず見えない。

 はっきり言えば、どうみてもヤクザだった。

「むっ!」

 ヤクザが声をあげる。低音でドスの利いたその声は、剛田シャイアンのような気の弱い者にすれば失禁モノだろう。

  
「那奈美お嬢様~っ! はやく教室にお入りください!!」

 ヤクザが隙のない動きで、教室の入り口まで戻る。

 その動きはとても素人のものとは思えなく、訓練を受けた物のように見えた。

 ゴ〇ゴ13もかくや! である(髪型もにている)。

「すまぬすまぬ鮎川。皆もすまないのじゃ」

 どう考えても学校には場違いな格好の少女が、トテトテと教室の中に入ってきた。

 全身黒ずくめのヒラヒラした中世風のドレス。いわゆるゴスロリ服だった。

 透き通るような長い金髪に華奢[きゃしゃ]で色白な体。

「窓の外を見たら、あまりにも天晴[あっぱ]れな日本晴れだったから、儂[わし]はつい見とれてしまったのじゃ」

 その声は舌っ足らずで、小柄な外見と相まって幼さを感じさせた。

 明青高校英語教師兼、2年B組担任、杜若那奈美[かきつばた ななみ]。通称『お嬢』、ここに登場である。

「黒衣天使様! 我が輩はこの時を待ちかねていましたぞ!」

 テンションの高くなった阿部がお嬢に向かって叫ぶ。

「もはや『だりい坊ちゃん』のヒャーマイオニーを超えた永遠のロリ萌え神は、お嬢しかありえぬな!」

 
 そういえば、リアルロリ萌えと言えばヒャーマイオニーだとか、よく言ってたな阿部のヤツ。

 ※『だりい坊ちゃん』――魔法学校を舞台に、やる気のない無気力の等身大的な少年「だりい坊ちゃん」が活躍するファンタジー映画。もともとは小説で、『だりい坊ちゃんと感じちゃうの位置』『だりい坊ちゃんと周密なヘアー』『だりい坊ちゃんと厚かましい囚人』『だりい坊ちゃんとホノルルの小室さん』『だりい坊ちゃんと不死身欽ちゃん球団』『だりい坊ちゃんと謎のプリン通』などの作品群がある。ヒャーマイオニーは作品内のヒロイン的存在。

 しかし阿部、2次元に魂を捧げたみたいな事言ってるくせに、3次元にも萌えすぎじゃないか?

「阿部! 少々うるさいぞ! 黙っていろ!」

 ヤクザが阿部に向けて注意の一喝を入れる。

 さて、なぜこのヤクザが教師であるお嬢と共に、教室の中に入ってきたかといえばだが。

 まずはお嬢の家庭環境について説明しなければいけない。

 杜若家――関東はずれの地である我が明青市。杜若家はその明青市を代表とする資産家であり、いわゆる名家のひとつであった。

 他に名家として天堂家や白鳥家や水前寺家などがあるのだが、今は置いておく。

 要するに、お嬢は文字通りのお嬢様なのだった。

 そして、ヤクザこと鮎川翔氏はお嬢のガードマンなのである。

「皆の集、朝以来のおはようなの……むひゃっ!!」

「那奈美お嬢様~っ!!」

 教卓の前まで歩いてきたお嬢は、自分のスカートの裾に引っかかってすっ転んでいた。

 すかさず、手を差し伸べるヤクザこと鮎川氏。

「むう~っ儂をこんな目に遭わすとは気に食わん床なのじゃ~っ!」

 いやあんたが自分で勝手に転んでるだけだから!

「こいつめ! こいつめ!」

 憎々しげに床を、ヒールでダンダンと踏みつけるお嬢。

「こいつめ! こいつめ! こい……いっ痛い~っ!!」

 自分の足まで踏みつけていた。

「いたたたたた~っ! こっこの床め~っ! 茂造に頼んで総とっかえの刑にしてやるのじゃ~っ!」

 ちなみに茂造とは、お嬢の祖父である、杜若コンツェルン会長の杜若茂造氏の事である。

 お嬢のそのどうかした口調は、幼少の頃から側で面倒を見てもらっていた祖父の影響らしかった。

「那奈美様、床の件は校長の江田島氏に申し立てておきます。そろそろ授業のほうを!」

 授業開始早々5分で、教室内は独特のお嬢ワールドに包まれていた。そんな状況に焦りを見せる鮎川氏。

「うむわかった! 今日は映画鑑賞じゃ! 『ムトゥ 踊るマハラジャ』 儂の最近のお気に入りじゃ!」

 だから英語と関係ない国の映画だってそれ!

※ムトゥ踊るマハラジャ――インド映画。劇中で使われている言語はタミル語。

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