≒エイリアン【短編小説】
外を歩く時、視線は足もと半径五メートル。
俯きながら延々と続くアスファルトばかりを見つめている。車や自転車の気配がある時だけ周囲を伺う。
見上げれば青い空が一面に広がっているのに、重力に似た憂鬱が頭を押さえつける。
君は今日もそうやって細々とした予定を消化するためにマチを行く。
電車ではなるべく端に座り、文庫本を開く。
心のざわめきに邪魔されるから、内容は全然入ってこない。文字列に目を滑らせ続ける。
ほとんどの乗客はスマホを覗き込んでいた。まるで自分の意思はスマホに寄生されているみたいに見えて少し可笑しい。
何百もの名も知らぬ、同じ人間と思われる物体とすれ違う。彼らにもそれぞれストーリーが存在しているらしい。
『声』という無意識のバリアを張った方法ではなくて、テレパシーで交信できたらどれだけ優しくなれる事だろう。
でも僕らは厚い皮で遮断している。一枚一枚丁寧に薄皮を剥いていかなければ本心に気づけない。
どれほど剥いたところで他者の心根を知るのは一生を費やしても困難だ。
億を超える人間がいるのになんと面倒な手順の多い事。
一つのサーバーに収束されていれば怒りや妬み、喜びや慈しみなど全ての感情を共有し合える『生命体』であれるのに、なんて空想に耽りながら駅のホームに降り立った。
知ってる、無理な事だって。
だから自分と関わる人を君はなるべく正確に知ろうとするんだろ?
薄皮を剥がす途中、良い人に見えたり、悪い奴と判断したり、また逆もあったりと忙しい人間関係だな。
疲れるよな。だからと言って誰とも関わらないように過ごすと本当に独りぼっちになっちゃう事も経験している。
それはゆっくりと時間をかけて君を君じゃない者に変えていくよ。
笑っている人を見ると憎しみが湧くよ。
幸せそうな人を見ると没落を願うよ。
全員が敵に見えて仕方ない夜を幾度も耐え忍ぶよ。
綺麗なものを綺麗と言えなくなるよ。
景色がどうにも灰黒点混じりの色に見えるよ。
社会の混乱を、人の狂乱を望むよ。
でも大切なものが壊れることには強い恐怖心を抱くよ。
君が君を始めた時はきっとそんなんじゃなかったと思うんだ。
それなりに誰かのために喜べたり、感謝できたりしていたんじゃないかな?
みんな違ってみんなどうでもいいって感じられていたんじゃないかな?
それが年々歳を取るにつれ、比べられる事が多くなり、また君自身も比較をする癖がついて不甲斐なさに侵食されてる。上手くいかない毎日に諦めが首元を縛り付けている。
ニュースを開けば暗い話題の中に幸福そうな人が嘆いている。汚職だの物価高騰だのボーナスだの詐欺られただの。
どれも現在の君よりずいぶんマシに見えるよ。バイアスかかった内容なんだろうけど青く見せかけたグロい芝生にルサンチマンが発動。
無敵の人が自爆するたびに未来の自分とならぬよう歯を食いしばり自らを戒める。
この悪循環の根源は社会か。それとも人か。金か。
いくら考えても何が何だかわからなくなってしまうね。問題は山積みなくせに解決方法は煙のよう。
こんな憂鬱日和はてるてる坊主になりたいって考えてしまうんだよな。
だけど君は抵抗している。
殺されてたまるか、って抗っている。
誰かが作り出した原因に殺害されるなんて認めない。
君を殺していいのは君と君が作り上げたモノだけだ。
僕を殺していいのは僕と僕が作り上げたモノだけだ。
決して何人にも殺害させはしない。
いつかは命を分け合うであろう病が美味しく喰い散らしてくれるから。
それまで君はエイリアンでいてくれ。
歪んだ惑星に落下した生命体。
意思疎通など不可能に近い。
君の感性は理解されづらいに決まってる。
それでも僅かに卓越した人類は感化されるかもしれない。
だから君はエイリアン。
この世界の空気は苦しいけれど、丸い動物園を眺める感覚で傍観していこうじゃないか。
僕は地球生まれの地球外生命体。