ただ寄り添うだけとは言ったものの。。 感情徒然草その家族という病
ただ寄り添うだけと言ってたnote
この記事を書いたとき、パートナーから厳しく言われたせいか、スマホを置いて娘は勉強していた。
そうでない日、ただ寄り添うことは難しい。
そっても難しい。
心で想っていることを抑えてはいるが、難しい。
いろいろと、気分が態度に出てしまう。
娘という存在への期待感からだろう。
線引き
家族以外については、線を引く作業というものが至極簡易に迅速にできる。
意図的にそのトレーニングを積んだためだ。
家族というそれぞれのメンバーに対してもだいぶ上手にはなってきたつもりではいたが、
なかなか難しい。
自分以外は他者
『家族という病』
大好きな本。一時期の悩みを解決まではいかなくともなんとも楽にスッキリさせてくれた本。
一言で本の意図を表現すると、“自分以外は他者”ということ。
この本を読んだ時のように、
家族であろうとも、
最愛の娘であろうとも、
自分以外は他者として意図的にドライに線引きしてみよう。
それが彼女のためにも、
自分のためにもなると思うから。
ナナメ親
ボクの親は指図を全くしないタイプだった。
ボクが完璧だったからかもしれないが笑
もし親から指図されても、ボクは親の言うことなんて聞かなかっただろう。
親子なんてそういうものなんだよね。冷静になって考えると、もう高校生だし。
ボクの重要な他者である、安藤哲也さん<引用>が言っていたな、ナナメ親を例にして。
自分の親の言うことは聞かないが、知人の親が同じことを言ってもすんなりいいたりするという話。
俯瞰
俯瞰、客観視、バーズアイいろいろと言い方はあるが、娘の話となるとなかなかそれができないです。
いい意味の“家族という病”だと診断。
そうであるならば、本当にいうべきこと、生き方や危険防止などとっても大事なこと以外はただ見守るだけ。勉強なんてしてもしなくてもいい。
もし、勉強してほしいなら、横で勉強しよう。
もし、朝起きてほしいなら、朝起きよう。
もし、やせた方がいいと思うなら、自分がスリムをキープしよう。
環境学習してもらう。
自分の想いを自分の行動で伝えよう。
ただ寄り添ってみよう。
それがボクらしいと想うから。
#好き楽しい楽面白い
今日出逢った言霊
・意味のないことが自分の人生を楽しく豊かにしてくれる
・いま不幸な出来事がやってくるとしたら実はチャンスがきているのだ。
と、10年後に気づく。
・まん略
・自分のうしろ姿は自分じゃみえねんだな
・「本当にそうかな?」
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