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ゆかりさんとバトラー#7ジェームズのベスト

サイズの合った洋服

今日は珍しく朝から雨が降っている。でも、植物たちにとっては
恵みの雨だ。
朝は庭の散歩はできなかったけれど、朝食後にゆっくりコーヒーを
楽しんでいる。私にとっては、至福の時間になった。

ジェームズのベストの手直しが終わったので、今日渡そうと思う。
彼はどんな顔するだろうか? 気に入ってくれると良いのだが…
彼の反応はどうだろうと想像するだけでワクワクしてきた。

「今日は何をいたしましょう?」と尋ねるジェームスに
ゆかりは、「その前に、まず座って」と声をかけた。
「何でしょうか」とちょっといぶかしがるジェームスに
「あなたのベストの補整が終わったので、ちょっと着てみてください」

「えっ? もうできたんですか」そう言って彼はベストを
着た。2センチほど伸ばしたので、窮屈な感じはもうしない。
『ああよかった』
ゆかりはホッとした。洋服の手直しは初めてだったけど、結構面白かった。

「ありがとうございます。これだと余裕がありますね。
とてもうれしいです。それにしてもゆかり様はすごい」
ジェームスの笑顔がゆかりはうれしく、ちょっとくすぐったかった。

ジェームズが言うには、
「恥ずかしい話ですが、私は20年ほどバトラーの仕事をしていませんでした。
だから、これは若いときのものなので、今の体型には無理なのです」

ゆかりはその話に驚いて、まじまじとジェームズの顔を見た。
「とても誠実で丁寧な仕事ぶりなのに、そんなに長くバトラーの仕事を
していなかったんですか?私には、ちょっと信じられませんが…」

「ゆかり様だから申し上げるんですが、仕事上の悩みを抱え、
ある日、突然起き上がれなくなってしまったんです。その前に
ベテランのバトラーが『何か悩みがあるんじゃない?相談に乗るよ』
と言ってくれていたのに…」

「その頃、お客様に人気でプライドが高かった私は、そういう親切な
申し出を受け入れることができませんでした。
そして、ある日突然、ポッキリ気持ちが折れてしまったのです」

「たぶん先輩は、自分の経験をもとに何かアドバイスとすることは
できないかと考えてくれてたのでしょう。心の病いになったのも、
そんな助け舟があったのに、乗らなかった自分の責任です」

「それじゃあ、私のところが20年ぶりの仕事ってことになるの?
でも全くブランクを感じないわ。それどころかあなたはとても
生き生きしています」

「それはゆかり様のおかげです。お写真を見た時から、この方なら
無理なことをおっしゃらないだろう。包容力のある方だと思って
いました。そして、やはり私の目に間違いはありませんでした。
ここで仕事ができることに、本当に感謝いたしております。」

「バトラーの仕事をしなかった20年という長い間、それは辛かったですね」
「でも私に包容力はありません。これから無理なお願いをするかも
しれませんよ。ハハハ…」久しぶりにゆかりは声を出して笑った。

今日は母の部屋で、装身具と着物の整理をした。宝石は、母のお気に入りで
あったが、私は指輪などしたことがない。全部業者に引き取ってもらおうと
思っていたが、ジェームスが

「あなたの好きな色を1つだけとっておいて、着物の帯止めなどに作り替える
のはいかがですか? そうするとお母様の思い出も残りますし。」

「私は着物を着ることがないんです。着付けを頼むのは大変だし、あとの
管理も難しいし…」

「皆さん、そうおっしゃいますね。ただ着物だと体型の変化にも対応できます。
こんなこと私が言うのはおかしいですが…。
着物はフォーマルだから、例えば作品の授賞式、外国からのお客様のお出迎え
など活用できる機会が多いと思います」

「そんなこと言われても、私は外国にも行ったことないし、まして
外国のお客様をお迎えするなんて想像もつかないんだけれど…
今後そんなことあるかしら」

「これは、例えばの話なのですが、木造の日本家屋に興味を持っている
外国の方は大勢いらっしゃいます。ゆかり様がお茶をたてて旅行者をお迎えし、
日本式の丁寧な暮らしぶりの一端を見てもらうなど可能性はいっぱいあります。英語力があれば鬼に金棒なのですが…」

「実は私、英文科卒業なんです。得意なのは翻訳や通訳ですが、説明する
くらいなら、会話もできると思います」

「それはすごい。ゆかり様は一体いくつ才能お持ちなのでしょう」

「でも今まで実際に使ってきた事はありませんでした。これからでも
できますか?」

「もちろんです。いつでもスタートすることができます。わからない事は
私も調べますから、お尋ねください」
 
ジェームスは私に心を開いて、辛い時期のことを話してくれた。
それを聞いて私も少し自分のことが話せるようになった。家にいても
何かできることがあるかもしれない。




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