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エウレカ 私は見つけた 第7話

7 ある日のできごと

 今朝はこの時期には珍しく曇天。仲間の情報によると、今日は大きなクルーズ船が寄港する予定なので、久しぶりに忙しくなりそうだ。
 ロドリゴは深呼吸をした。この前、相棒のランドルが歳をとったと、しみじみ感じたが、彼とて同じ。急な坂を登るとき、かっぷくのいいお客さんを乗せると、息切れしそうだ。

 今日1番のお客さんは、ふくよかな50歳位の女性。おしゃれで化粧はとても派手だ。
 その人は、ランドルの背中に乗った途端に顔をしかめ、眉根を寄せた。予想したよりも、ロバの背が高く不安定だったかもしれないし、乗った途端に、ランドルがおしっこをしながら尻尾を振ったので、それがひっかかったのかもしれない。

 丘に上がる手段としては、ロープウェーもあるから、ロバを選んだ時点で、風情を重視していることになる。だから、ロバの匂いも含めて、その生態を理解してもらわないといけない。ぐらぐら揺れる背中も、アトラクションと割り切ってもらえると、多少ひやっとする感じも含め、楽しめるのだが…。
 
 言葉がわからないので、ロドリゴは、説明して理解してもらうこともできず、ぶぜんとしたお客さんを乗せて、黙々とたずなを引いていった。

 丘に着いたとき、その女性から、わからない言葉で何か強く言われたが、
意味がわからなくて幸いだった。たぶん
「散々な目にあった。ロバなんて、もうこりごり」
という言葉に違いなかった。

 ロバの負担を考えて、乗せる人は100キロ未満、またはロバの体重の5分の1以下との規定があるが、乗り場に体重計があるわけでもない。その申し合わせを理解してもらい、あくまでもお客さんの良識に任せているのだ。

 彼の印象では、ここ10年ほど規定ギリギリか、またはそれを超えているようなお客さんが増えているように思う。

 最初のお客さんの不機嫌さが、ロドリゴの1日を象徴するようだった。下船した人が、次々に別のロバを選んでいった。
 
 こんなにお客さんがいるのに、俺とランドルは選ばれない。とても惨めだった。ふと5メートルほど先を見ると、笑顔のアントニオスが、若い女性を乗せて登っていくところだった。
 
 あいつは愛想がいいからお客さんが多い。俺は、客の機嫌を取るため、へらへら笑って、媚びを売りたくない。

 ランドルに乗ってもらえさえすれば、俺の熟練した、たずなさばきで揺れも少なく、上に登れるというのに…
 
 でも、俺たちを選んでもらわない限り、実力も発揮できないのだ。
さすがに、この先もロバの仕事で、生計を立てていけるのだろうかと、今日は
不安になった。頼まれ仕事だけでは、到底暮らしていけない。

 キッチンではミケーネが夕食の支度をしていた。昼間は、刺繍をしていたが、頭が重くて目の奥が痛く、手元もよく見えなかったので中断した。
 最近、めまいがすることも増え、この先も刺繍ができるのか不安になった。

 ああ、5時になった。もうすぐロドリゴが帰ってくる。下味をつけておいた豚肉のスブラギ(串焼き)に、トマト、ズッキーニなどのサラダをして、今日は簡単なメニューにしよう。今日の豚肉は少し脂身が多いから、オーブンを150度にして12分焼こう。
 
 ミケーネは、オーブンの温度と時間を設定し、野菜サラダを作り始めた。
 赤い宝石のように光るミニトマト、赤玉ねぎ、きゅうり、フェタチーズ、ブラックオリーブに白ワインビネガー、塩、黒胡椒と蜂蜜、それにすりおろしのニンニク、オリーブオイルを加えて作ったドレッシングで和えたサラダ。さっとできるし、彩りも鮮やかで、食卓がパッと華やぐ。

 ロドリゴは、たぶん疲れて帰ってくるだろう。好物の豚肉のスブラギ。喜んでくれるといいけど…。

 彼女は夕食の仕込みを終えて、大きなあくびをした。食事前だというのにとても眠い。
 
 その時ガタッと音がして、ロドリゴが帰ってきた。
「ミケーネ。何か焦げくさいぞ」
 そう言われて、彼女はあわててオーブンにかけよった。

 今日の肉は脂肪分を落として、カリッとした食感にしたかった。だからいつもより、少し温度を上げたのだが、見間違ったのか。

「ごめん。温度を間違えたみたい。今から他のメニューを作るから、ちょっと待って」

 ところが、その言葉をさえぎって、ロドリゴは
「満足に食事も作れないのか」
と、語気を強めて、言い放った。
 するとミケーネはその反応に身構えて、おびえた表情になった。
さすがに『まずい』と彼は思った。たぶん、暴力的だったと聞いている父親の言動が蘇ってきたのだろう。

 『俺は一体何をやっているのだろう。ミケーネに謝らなければ…。』
次に言葉を発したとき、彼は自分に対する怒りが抑えられなかった。そして本心とは全く違う、自分でも耳を疑うことを言ってしまった。
「作り直す事はいらない。もう夕食は食べないから」

 『なんてことだ』自分で自分の感情を抑えきれず、大切な人に八つ当たりをしてしまうなんて……………。なんて俺は嫌な奴なんだ。

 こんなところは嫌だ。どこか、こことは違う場所に行ったら、幸せになれるかもしれない。
 ロドリゴは寝室にいき、幾度となくその思いを反芻(はんすう)した。

 サントリーニ島ではなく、どこか別のところなら……。こことは違う、どこか別のところなら………………。
 そう考えながら、俺はいつしか眠ってしまった。


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