見出し画像

エウレカ カナダに導かれて 第五話

5  不思議な夢の話

 瞬く間にサントリーニ島での楽しい時間は過ぎていき、明日は島を離れる日。
そこで、ヘンリーとエマは小高い丘の上に立たずむロドリゴの家を目指した。

 ヘンリーは長年、金融関係の仕事をしていて、何でも理屈で考えてしまう
性分だ。そんな彼が、今回ロドリゴの夢の話に興味を持ったのは、
エマにとっては意外だった。
 
 彼女自身は、もともと空想好きであったが、病気をしてからますます
「目に見えない不思議なもの」にも関心が出てきた。そのため、エマは
今日のロドリゴの話の続きを早く聞きたくてたまらなかったのだ。

 その日、ロドリゴはアトリエの自分の椅子に座っていたが、瞬きを頻繁に繰り返して、どことなく落ちつかない様子だった。夢の話に2人がどういう反応を
示すのか気がかりなのだろうか。

 そんなロドリゴが、ちょっとくぐもった声で話し始めたことはー

「私が奥さんをロバに乗せた頃ー そのちょっと前まで私はロバタクシーの
売り上げが芳しくなく、いつもイライラしていました。そしてそんな時、
たまたま、ミケーネが夕食のおかずを焦がしたことに腹を立て、妻の心を傷つけてしまったのです。私は謝ることもできずに、自分に嫌気がさして
「ここではない、どこか別のところに行きたい」と願って寝てしまいました」

 そして、目が覚めたら、見たこともない場所にいたんです。
ここからはロドリゴはスケッチを見せながら話をした。

タクレットと呼ばれる少年と両親との暮らし。

命と命がぶつかり合う、緊迫した狩の場面。
そこには今にも飛びかかってきそうな獣と対峙する父親の勇敢な姿。
とうとう獲物の前には出ることもできなかったロドリゴが、いいようのない
恐怖を感じて大木に身を隠す様子もリアルに表現されていた。

決して豊かとは言えないのに、とった獲物を他の人に分ける暮らし。

後悔しても家に帰れない辛さやヘラジカとの出会いなど

 話だけではなく、ロドリゴの緻密なスケッチによりその状況が
ありありと目に浮かんでくる。

 エマから見ると、ヘンリーは始めは半信半疑で聞いているように
見えたが、後半になると、身を乗り出してロドリゴに質問をしながら
話を聞いていた。

 エマは、ロドリゴの絵の中にアネモネが描かれているのを見た時から、
ロドリゴが次にする話は、本当に起きたことだろうと思っていた。
そして今日、彼が見た景色や助けてくれた家族の詳細な描写を
目の当たりにして、それは、夢の中のぼんやりしたものではないと思った。

「うーん」というなり、ヘンリーは黙りこくってしまった。しばらく頬杖を
ついていたヘンリーが言うには、
「このスケッチは細部にわたるまでありありと描かれているから、あなたが
本当に見たものだと思う。この風景の描写だけだと、ニュージーランドや
カナダ、またヨーロッパやアジアの北方にも見られるものだと思う。
 だけどこの家族の風貌から地域が限定されるかもしれない。また狩猟の
仕方や生活全般の情報に特徴で、詳しい人が見れば地域の候補がわかる
かもしれない。」
と一気に早口で話し始めた。

 エマは
「ロドリゴさんは、三日三晩熱にうなされて目が覚めたと言われたけれど、夢で見たことならば、もっとバラバラで断片的なものだし、こんなに詳しく描くことはできないと思う。だから理由はわからないけど、私は実際この土地でロドリゴさんは、暮らしたんだと思う。」
と感じたままを率直に話した。

 ロドリゴは
「こんな話をしたら、お二人に『そんなおかしなことがあるわけない
と笑われてしまうだろう』と思って、かなり緊張しました」
と本音を言い、少しほっとしたのか笑顔を見せた。

 少し考え事をしていたヘンリーの顔が、突然パッと輝いて
「そういえば、僕の同級生の1人が、金融関係の仕事を辞めて大学に入り直し
今、比較文化学を生かし、各国の先住民の暮らしを研究していると話を聞いたことがあります。
 その彼に、ロドリゴさんのスケッチを見せたら具体的な場所の候補が見つかる可能性があります。彼の住所を知っていると思われる友人がいるので、今度連絡をとっていいですか?場所が限定されたら、ロドリゴさんの謎が解けるかもしれません」

 ロドリゴはおかしな話をすると、2人に笑われなかったことだけでも胸を
撫で下ろしたが、場所が特定できるかもしれないと聞いて嬉しくなった。
  
 もしあの親子に会えるとしたら、今度は通訳の人も連れていき、お世話になったお礼を言いたいと思う。何も言わずに別れたことがずっと気がかりだった。

 この時ヘンリーに伝えた子どもの名前『タクレット』
他には覚えていないたった一つの言葉が、彼ら家族の住んでる場所を限定する
手がかりになるとは、この時は予想だにしていなかった。


いいなと思ったら応援しよう!