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中長期のマーケティング戦略を考えるうえでの現状分析

オークション型広告の基本構造を理解する

デジタルマーケティングの中長期戦略を考える際に重要な視点は、マーケティング環境の現状分析です。まず、デジタルマーケティングの基本的な仕組みを理解しましょう。マーケティングは、いつ、誰に、何を伝えるかをコントロールすることで成り立ちます。この効率を決定する要素は、これらの要素に加えて、どれだけコストをかけるかも重要です。たとえば、ターゲットユーザーが少ない状況で大量の広告費を投下すると、顧客獲得効率が低下します。具体的な例を見てみましょう。ある企業が商品Aのターゲットユーザー数が1万人で、転換率が100%だとします。この場合、広告費によって顧客獲得単価が変化し、予算の量によって獲得単価が決まります。

また、デジタルマーケティングでは、広告費と登録CPAの関係性を理解することも重要です。多くの場合、広告費の増加に伴って登録CPAも増加します。これは、ターゲットユーザー数の増加ペースよりも広告費が増加しているためです。

さらに、現在の主流となっているデジタルマーケティングの広告価格決定モデルはオークションです。広告主が設定した広告の単価に基づいて、優先的に広告が表示されます。このため、広告主はCTRやCVRなどのKPIを改善するために、適切な単価と表示位置を調整し、広告のパフォーマンスを最適化しようとします。運用型広告は、このような広告運用のアイディアに基づいています。

具体例:ECでお正月向けに蟹を売る!

水産加工品の販売事業者が、12月の正月前に冷凍の蟹をECで販売するための広告キャンペーンを行うとします。まずは広告を掲載するキーワードの選定が重要です。具体的な例を挙げると、「蟹 通販」や「蟹 お取り寄せ」などのキーワードは、蟹をECで購入する顧客が検索する可能性が高いため、購入転換率が高くなるでしょう。一方、「蟹」という単語だけでは、顧客の意図が明確でない場合もあり、購入転換率が低くなる可能性があります。したがって、このようなキーワード群のオークション価格は低く設定されるべきです。
想定される広告予算は100万円で、この二つのキーワード群のみで予算を消化し、1000人の購入者を獲得しました。購入者の獲得単価は1000円です。これは、購入単価が1万円程度であれば、非常に良好なパフォーマンスと言えます。
この段階での戦略の評価としては、広告キーワードの選定が効果的であり、予算の管理も適切であったと言えます。ただし、今後のキャンペーンではさらなる成長を目指すために、さらなる戦略の検討が必要です。

昨年の成功を踏まえ、水産加工品の販売事業者は今年の12月にさらなる成長を目指し、広告予算を200万円に増額し、同じキーワード群に投資することを決定しました。しかし、結果は予想外でした。購入者数は1500人で、獲得単価は1,333円となりました。この結果から何が問題なのか、考察してみましょう。
まず、前年と同様のキーワード群に対して倍の予算を投下したにも関わらず、購入者数が伸び悩んだ点が注目されます。通常、予算を増やせば購入者数も増えると期待されますが、今回のような結果になった背景には何があるのでしょうか。
一つの要因は、予算の増大に伴い、一消費者に投下される予算が大きくなり、結果として広告単価が上昇したことです。つまり、同じキーワード群に対する競争が激化し、広告の表示にかかる費用が高騰した可能性があります。

反省を踏まえ、水産加工品の販売事業者は今回、キーワード群を増加させる戦略を採用しました。具体的には、「水産物 通販」「水産物 お取り寄せ」などのキーワードを追加し、蟹に限らず他の関連商品もターゲットに含めることで、広告の展開範囲を広げました。
結果として、購入者数は2000人に増加し、獲得単価は1000円となりました。この戦略の成功により、予算の増大に伴う広告単価の上昇を抑えつつ、目標の購入者数を達成することができました。

翌年も同じ予算とキーワード群でキャンペーンを実施しましたが、購入者が1000人しか獲得できず、獲得単価が2000円に倍増してしまいました。何が起こったのでしょうか。ニュースなどの報道を見る限り、蟹の需要が前年比で半分になったような兆候は見られませんでした。しかし、この1年を振り返ると、一つのことが思い当たります。以前、親しい同業者に、正月向けに通販をすれば儲かるという話を具体的に教えてしまったことを思い出しました。その同業者に聞いたところ、案の定自分の話を参考にほぼ同様の広告を200万円分代理店に頼んで購入したそうです。

この事例を踏まえて、水産加工会社が12月の蟹の売上をデジタル広告を活用して増やす方法を考えると、まずは購入するキーワード群を増やすというアプローチがあります。しかし、この方法にも限界があります。蟹を購入する人が検索しそうなキーワードはある程度限定されており、関連性の低いキーワードからの購入転換率が低いことが予想されます。そのため、大規模な購入者数の確保は難しくなります。
次に考えられるのが広告予算を増やすという方法です。しかし、広告予算を増やしても、同一のターゲットに対する顧客の獲得単価が上昇する可能性があります。これは競合他社も同様に広告予算を増やすことで市場競争が激化し、広告コストが上昇することが原因です。したがって、自社の広告予算を増やすだけでなく、市場全体の動向も考慮する必要があります。
このように、デジタル広告を活用した売上増加策は単純な資金投入だけでは成功しづらいことがあります。競合他社との競争や市場の需要変動を考慮し、戦略的なアプローチが求められます。

マーケティングの中長期戦略の土台は現状の市場分析から

それでは、オークション型のデジタル広告の仕組みの理解を前提に、マーケティング部門の責任者が中長期のKGI(Key Goal Indicators)やKPI(Key Performance Indicators)を達成するために行うべきことについて考えてみましょう。

まず、最も重要なのは自社が直面している市場の現状を把握することです。蟹の通販の事例で言えば、自社が参入している市場がブルーオーシャン(競合が少ない市場)なのか、それともレッドオーシャン(競合が激しい市場)なのかを理解する必要があります。また、自社の広告運用チームがターゲットとしているユーザー層やキーワード群に拡大の余地があるかどうかも確認する必要があります。拡大が可能であれば、そのセグメントのユーザーを獲得するコストが許容範囲内に収まるかどうかも検討する必要があります。

このような情報を得るためには、日々行われるPDCAサイクルの中で得られるデータを活用することが重要です。広告運用チームが行う各種仮説の検証やアクションに対する市場からのフィードバックを常に監視し、市場の動向を把握する必要があります。このプロセスを通じて、市場の変化に迅速に対応し、効果的なマーケティング戦略を策定することが可能です。

また、よく聞かれる質問の一つに、「広告代理店に相談すればいいのでは?」というものがあります。確かに、代理店の提案を受け入れることも一つの手段ですが、マーケティング責任者は自社事業が置かれている市場環境について理解しておく必要があります。代理店の提案を受ける際には、その提案の実現可能性や効果を適切に判断する能力も求められます。マーケティング環境に関する理解がないまま、代理店の提案だけに頼ることはできません。

具体例パート2:蟹を3倍売ろう!

市場の把握と分析が行われた後、次の段階として中長期の戦略を考えることになります。ただし、この段階では現状分析がスタート地点であることを認識しておく必要があります。
まず最初に確認すべきは、中長期の事業計画の成長スピードです。成長スピードが早い場合、マーケティング責任者は厳しい計画に直面することがあります。厳しい計画の方が実現難易度は高いかもしれませんが、難易度と成長スピードは必ずしも比例しないことに留意する必要があります。なぜなら、難易度と選択すべき戦略は、現状認識によって異なるため、成長スピードが速いからといって、必ずしも難易度が高く、現状と戦略を変更しなければならないとは限らないからです。

では再度蟹の通信販売の事例を考えてみましょう。1年目の成功を受けて、翌年は3倍の成長を目指すとします。この状況で取るべきオプションはどのようになるでしょうか。

1年目の市場状況が、キーワード群の拡大余地があり、ターゲットユーザー数の拡大も可能であり、競合の参入もそれほど激しくないと仮定します。この場合、私の考えでは、3倍の計画に対して現状の手法のまま、キーワード群の拡大と予算増を行い、獲得単価を据え置いたままチャレンジすることが適切だと感じます。
この判断の理由は、1年だけのデータでは現状を完全に否定する根拠がないためです。事業計画作成担当者に、1年のデータだけでは実現不可能だと断言する根拠もありません。結果的に実現できないかもしれませんが、可能性があるのであればチャレンジすることで、事業の高い成長スピードを実現する可能性があると私は考えます。

この場合、2年目に同じ3倍の計画が要求された場合、前年と同じターゲットで予算を倍にすると獲得効率が悪化する可能性があります。競合の参入が激しくないことも考慮する必要があります。獲得効率を維持するためには、キーワード群を拡大する必要がありますが、正確な予測は困難です。一つの方法は、追加できるキーワードのリストを作成し、そのトラフィック量を媒体のツールで取得し、同程度のCVRが期待されるキーワードのレファレンスデータを利用して予測することです。前回の事例では、2つのキーワードを追加することで倍のコストでCPAを維持できたことが示されています。したがって、もう少し追加できるキーワードを検討すれば、3倍の目標に到達する可能性があります。

3年目に同様に3倍の計画が要求された場合、前提条件としては、前年に2つのキーワード群を追加したことで倍の予算まで効率を維持できたという点と、競合の参入状況が把握できていないという点が挙げられます。

この状況下で考えられる選択肢は、以下の通りです。

1)計画の実現性がないと断る:現場からは、有望なキーワードの追加が難しいとの声が上がっています。この場合、計画が実現不可能であることを明確に伝えることが選択肢の一つです。ただし、この選択肢は通りにくいものであり、最終的な手段として保管しておくべきです。

2)顧客獲得単価の上昇を許容し、売上目標を再検討する:もう一つの選択肢は、顧客獲得単価の上昇を許容し、売上目標を再検討することです。ただし、この場合もどの程度のCPA上昇が許容されるかを明確にする必要があります。予算を3倍にしてもCPAが3倍になる計画は現実的ではありません。事業の原価率や広告宣伝費率などを総合的に考慮し、売上増とマーケティングの効率悪化のバランスを全社的な視点で検討し、決定していく必要があります。

いずれの選択肢も、事業全体の視点を持ちつつ慎重に検討されるべきです。

実は、オプションは3つ提示したが、隠れオプションとして、出来るといって承諾して帰ってくるというものがある。私はこれを気合プランと呼んでいる。つまり実現性が全く合理的でないプランである。当然このような判断はデータドリブンではなく、現場に苦しみを背負わせるだけの、マーケ部門の責任者としては無責任極まりない判断なので、出来る限り避けるべきであるのは言うまでもない。

正しいマーケティングオペレーションは正しい事業計画から

市場の現状分析は、事業計画の実現に欠かせないステップであり、その重要性を理解しました。なぜなら、市場の動向や競合状況を把握することで、適切な戦略やタクティクスを策定し、目標達成に向けた方向性を確立することができるからです。
しかし、市場分析を十分に行わず、現場担当者の意見を単純に受け入れたり、その結果を他のメンバーと共有しなかったりすると、深刻な問題が生じる可能性があります。例えば、現場の意見を盲目的に信じることで、市場の実情を正しく把握せずに誤った判断を下すことがあります。また、市場分析の結果を他のメンバーと共有しない場合、マーケティング部門の評価が計画の成果だけで決まるため、計画の評価が偏ったものになるおそれがあります。

マーケティングの責任者は、これらの問題を避けるために、市場の現状を正確に把握し、その結果を経営メンバーと共有する責任があります。また、市場分析を通じて得られた洞察を基に、中長期的な戦略や事業計画に反映させることが重要です。
計画の実現性は、単にマーケティング部門の戦略やオペレーションのみならず、市場の需給バランスとも密接に関連しています。従って、計画の未達が続くような状況があれば、計画の妥当性についても検討が必要です。

【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


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