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レンガの中の未来(十三)

(十三)錯綜

シノーはほぼ毎夜、リキッドから「仮想講義」を受けた。

それに伴い得られた知識を試してみたいという感覚になった。

周囲にいる者達は日々の労働に追われている。そうだ、予備学校の女講師はどうだろう。

将来的に男女の区別はないことを言ってみて、どういう反応を示すか見てみよう。

それに今日は選抜試験の模擬面談もある。そこで面接官に自分の知識を披露すれば、恐らく驚嘆するだろう。

シノーは何だか毎日が楽しくなっていた。

 ある日の予備学校でのことである。例の女講師の授業は二コマあったが、一コマ目が終了し休憩時間となった。シノーは黒板板書を消しているその女講師に近づき声を掛けた。

「先生、少々宜しいでしょうか。」

女教師はシノーの声に気づくと、チョーク粉に目を顰めながらゆっくりと振り返った。

「何でしょうか。今の授業内容の質問ですか?」

「いえ、先生は人間の三大欲についてどう思われますでしょうか。」

女教師は、突然の質問にやや戸惑いながらも冷静を装った。そして、

「三大欲というのは、食欲、睡眠欲、性欲の三つですね、常識です。」

と抑揚なく答えた。

「では、これらが将来的にどうなるかご存じでしょうか。」

「さあ、どうでしょうね。このまま続くんじゃないですか。だって物を食べないと体力を維持できないし、眠らなければ体力が持たないし、人口が増えないと社会が維持できないでしょう。」

「はい、今はそうですね。しかし、近い将来にはそれらが無くなっているんですよ。」

女教師は、一瞬シノーが日々の労働、初めての学校通いから感覚がおかしくなったのではないかと感じた。学校という所に来るのは初めてだとも聞いている。

慣れない環境に精神状態がややおかしくなっているのであろう。しかし、それを指摘するのは良くないと自分に言い聞かせた。

一方で、シノーの断定的な物言いにやや苛立った。

「ああ、そうなんですね。ではどういう風に無くなるか説明してもらえますか?」

「先生、性染色体というのをご存じでしょうか。男はX染色体とY染色体を一つずつ、女はX染色体を2本持っています。ところが、将来的には男が持っているY染色体は消滅し、X染色体だけを持った女だけの世界になります。」

シノーは待ち構えたかのように、定型文的に話した。

「あの、今、センショクタイと言いましたが、それはそもそも何なのですか?将来的に女だけの世界になるということだけは聞き取れましたが。」

染色体という概念が出てくるのは、シノー達の時代から数百年後である。

その時代はDNAという言葉すらない。シノーはそんなことはお構いなしに、話を続けた。

二コマ目、シノーは女教師の授業内容を殆ど聞いていなかった。

次はどんな知識で女教師を困惑させてやろうか、そればかり考えていた。

 二コマ目が終了し、シノーは意気揚々と次の模擬面接の時間を待った。あの女講師の目をまん丸とした表情が忘れられなかった。

 間もなくして模擬面談が始まった。

「ええ、ではこれから模擬面談試験を行う。時間は約十五分だ。」

面接官は四名であり、シノーの正面に対峙した。

「ええ、先ずは一般教養からだ。」

ええが口癖の進行役も兼ねる面接官は、シノーに向かって種々質問を始めた。

「本セリョージャ部隊を構成する、上位三組織は何であるか?」

「統括卿殿を含みます場合は、無論統括卿殿、財務管轄部、整備部隊となります。恐縮ながら統括卿殿を含まない場合ですと、財務管轄部、整備部隊、諜報部隊となります。」

「ええ、次。本セリョージャ部隊がこれまでに従えた部族の数とその名前を述べよ。」

「はい。これまでに従えました部族は八でありまして、アワーザン、イシシューゲツ、ミイバンショウ、ヤバキハン、セノセショウ、ヒボセツ、カサキヤ、カラクガン、でございます。」

一見すると、陳腐な内容の質疑が続いた。しかし、ここはセリョージャ卿の組織である。時間はあっという間に半分程が経過した。

「ええ、では自分の意見や考えを述べる時間を二分与えるので、自由に述べよ。」

進行役も兼ねる面接官の言葉に、シノーは戸惑った。何を話せばよいだろう。あ、そうだ。リキッドに習った事を言えば良いんだ。

「はい、先ず我々が住んでいる星は恒星の周りを回っています。この地球も例外ではありません。地球は太陽の周りを回っているんです。空には月と太陽が見えますが、太陽は月や太陽とは比べものにならない程の大きさでありまして、その寿命は約百億年となります。」

シノーが話を続けようとすると、進行役の面接官は、すっと手を挙げてシノーの言葉を制した。

そして、苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「待て。ああ、お前、頭は大丈夫か。自分の意見や考えを述べよというのは、無論我部隊に対する組織の在り方に対する意見である。何訳の分からない事を言っているんだ?」

気まずい空気が漂いかけたとき、次の一言がそれを浚った。

「では、月の満ち欠けはどう説明するのだ?」

それは、一人の面接官であるメディアンであった。シノーは面接が始まる前から誰かは認識していたが、突然の質問に驚いた。

「早く答えよ。月の満ち欠けをどう説明するのだ。」

進行役面接官は、やや慌て気味にメディアンに顔を向けた。

「メディアン様、このような者が言っている事は真に受けず無視されたらよいかと存じますが…。」

「いや、私は専門機関で物理学を収めている。今この者が言った内容は、地球が太陽の周りを回っている事とどう関係するのか?」

-まずい。

これはリキッドに寝床で聞いた表面的な内容であり、シノーはつい自慢げに話してしまった事を後悔した。

「もう一度聞く。私の質問に早く答えよ。」

メディアンは怒涛の如くシノーに迫った。

「…」

その時、シノーの頭に文章が降ってきた。

(リ)私が言う事を以下を輪唱せよ。月の満ち欠けと、天動説・地動説は直接の関係はございません。

それは、リキッドの文章の降臨だった。

シノーはそれに気づた。

「私が言う、ああ、いえ、違います。月の満ち欠けと、天動説・地動説は直接の関係はございません。」

シノーの口から抑揚のない文章が発せられた。

「ほう、そうなのか。今、私が聞いた事のない言葉を言ったな。そもそも天動説、地動説とは何なのだ?」

どうせ何も返答できないと予想していたメディアンはシノーの予想外の回答に鼻をピクリとさせ、更に発言を続けた。

(リ)今こちらでは地球の周りを太陽を含む星が回っているという天動説が主流のようでございますが、それは間違っております。これから数百年後にそれは間違いであると判明します。一方、今申しました通り、月の満ち欠けと天動説、地動説は直接の関係はございません。

「…は、早い、もっとゆっくり。」

「早いだと?何が早いのだ?」

「いえ、すいません。何でもございません。先ず天動説と申しますのは…」

メディアン以外の面接官は顔を見合わせ、互いに何も発しなかった。

残りの時間は完全にメディアン対シノーの一対一の構図となり、模擬面談試験は終了した。


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