御相伴衆~Escorts 第二章 第122話 皇后の過ち1~「皇后の過ち」
話は、半日遡る。
皇宮の奥殿入ってすぐに、謁見の間がある。皇后の素白は、昨晩の公演を労をねぎらう為に、座長の月城紫京と、主演女優の艶肌を、そこに呼び寄せた。
「昨日は、素晴らしい舞台を拝見できて、大変、嬉しく思います」
「ありがたき、お言葉です」
謁見と言われていたが、それ程、堅い席でなくて、二人は、ホッとした。
色白で、線の細い皇后は、何か、美術全集から出てきたような、金髪に、金の瞳を持つ、古風で、美しい女性だった。齢の頃は、30代半ばといった感じだ。一人息子の耀皇子も、最初、同席していたが、話の区切りで、退席した。合わせて、艶肌も、次の公演の打ち合わせの為に、離席することとなった。
席には、皇后素白と、月城が残された。
「それにしても、よく、私達の劇団を呼んで頂きまして、ありがとうございます。世界各国で、公演を続けてまいりましたが、スメラギでの公演は、初めての事で、とても、光栄に思っております。皇后陛下に置かれましては、東国にご興味というか、ご造詣が深いように、お見受け致しますが・・・」
月城は、不思議に思っていた。
スメラギといえば、東国蔑視の塊のような国だ。そのスメラギの皇后が、このような、親東感を持っている。勿論、興業を打つ側としても、嫌われているよりも、好かれている方がいい。この文化的交流により、東国とスメラギが、平和的に認め合い、国交が樹立すればいいと考えていた。
「東国語は、聞くのは、できるんですよ」
「そうなのですか。お勉強されたのですか?」
「いいえ、この立場になる前に、その・・・かなりの昔ですが、東国に半年間程、滞在していたことがあるのです。極秘ですので、報道などに出ないことでした」
「そうだったのですか・・・」
「・・・少し、その頃のお話をさせて頂いても、よろしいでしょうか?」
「はい、私でよければ、お伺い致しますが・・・」
「東国語の響き、好きなんです。とても、懐かしくて・・・」
「母国語を褒められるのは、とても、嬉しいことです。ありがとうございます」
素白は、その当時の話を、少しずつ、月城に語り始めた。
誰にも告げることのできなかった、これまでの半生と、その思い・・・。
話は、17年程前に遡る。素白は、スメラギ皇帝一族の遠縁にあたる、姫の一人だった。三の姫女美架と同じように、16歳の時、御殿医の診察を受けた。それは、かねてから、熱望し、求められていた、スメラギの皇帝の不羅仁に嫁ぐ為であった。
しかし、この検査により、病巣が見つかり、皇立病院等の見立てにより、月鬼症候群という病が疑われた。
この病気の治療に関する、最先端の研究を進めていたのは、当時の東国の十倉坂大学付属病院であった。
月鬼症候群とは、女性特有の、原因不明の難病とされていた。この病気の症状の特徴として、生殖障害が、早期に現れることが解っていた。
皇帝に嫁ぎ、子を為すまでは、この症状だけは押さえなければならない。
藁にも、縋る思いで、スメラギ政府は、東国のその病院に、素白の治療を願い出る。そして、素白は、余儀なく、その立場を隠密とする形で、半年間の入院をしなければならなかった。
「その時は、国を離れるのは、初めてでした。まだ、16歳でしたから、右も左も解らずに。東国は恐ろしい国だという、嘘を信じさせられておりましたので。今となっては、とんでもない誤解で、それが未だに、皇宮には、実しやかに、囁かれております。本当に、情けないお話です・・・」
月城は、頷きながら、皇后の話に聞き入る。これまで、この話を、誰にもする事ができなかったのだ、きっと、そうなのだろう、と思いながら。
当時、既に、不羅仁には、美蘭という側室がおり、素白より、5歳年上の彼女は、既に、二人の皇女を産んでいた。不羅仁が、美蘭を皇后にしなかったのには、理由がある。
かねてから、素白を見初めていたこと。また、母である、婉耀皇太后の勧めで、彼女を皇后に据える約束が決まっていたのである。
不羅仁は、性格的にも、優しく、穏やかで、慎ましい素白を愛していたのだ。後に、第二皇妃と名乗る、美蘭は、これに、とても、嫉妬していた。そして、その男勝りの性格で、軍族の中に協力者を作り、政治的な権限を手に入れて行くことに、精力的にエネルギーを注いだ。皇子が得られないことを理由に、桐藤を手に入れ、手元で育て始めたのは、この頃である。不羅仁は、我儘でヒステリックな所がある美蘭が、手に負えず、好き放題させた。
半年の入院を終えた、素白は帰国し、結婚式の運びとなった。幸いに、不羅仁との間の子を懐妊した。この時、偶然にも、美蘭も懐妊した。同時に、皇后と、皇妃に子ができたということで、不羅仁は喜んだ。できれば、素白に、皇子が誕生することを、当然、望んでいた。もしも、美蘭の方にでも皇子ということがあれば、スメラギの皇統は、より盤石なものになる。
「なんだか、お伽噺のように感じられませんか?外の国から見たら、この国の時計は、何百年も前から、止まったままのようです・・・」
皇后は、・・・意外にも、この国を客観視できている。
月城は、そのことに気づいていた。
外国人である、自分たちと同様の、因習に縛られない、まともな感性をお持ちの様に感じられる。それなのに、皇帝に継ぐ、国の決裁権を持つ筈の彼女が、何か、押し込まれたような、追いやられたような、・・・その権限を奪われているような・・・、そんな感じが、月城には否めなかった。
「月城様、この話は、・・・私の命の真実です。私には、もうあまり、時間が遺されていないようです。息子の、耀皇子のことを思うと・・・」
「陛下・・・」
皇后は、話を続ける。
いよいよ、皇后素白は、出産の時を迎えた。見立てにより、皇子とされていた為、周囲の期待は、大きなものだった。しかし、美蘭の腹の子は、またもや、皇女であると、見立てられていた。悔しがる美蘭は、桐藤の養育に、最高のスタッフをつけるなど、そちらに勤しんでいた。
しかしながら、素白の産み落とした子が、その瞳を開いた途端、全ての期待は裏切られる形となって現れた。
皇統を示す、美しいスメラギゴールドの髪、美しい皇子の瞳が空いた。
その右の瞳は、髪と同様のスメラギゴールドの色であった。しかし、恐ろしいことに、左の瞳は、属国とされている、東国の漆黒の瞳であった。
不羅仁は驚愕した。即座に、素白と、その子を遠ざけることにした。
公式には、その第一子は死産、と発表された。
そのショックで、病に伏したとされ、素白は、療養を兼ねて、北の古宮に送られることになったとされた。
このことにより、素白の東国滞在中の不貞が発覚したのだ。
不羅仁の怒りは、耐え難いものとなった。
以来、生前、素白とその子を許すことができなかったのだ。
その実、素白にとって、皇宮から離れることができたことが、皮肉にも、父皇帝にその存在を抹殺された、息子を心から愛し、共に生きていく、唯一の道となった。
ここまで聞いて、月城は、大きく溜息をついた。
「・・・お恥ずかしい話ですが・・・私は・・・」
「あまり、ご無理なさらないでください。大丈夫でしょうか?」
「聞いて頂きたいの。・・・私の贖罪を・・・」
月城は思った。
東国人の俺に、当時の思い出を見たのか、陛下は、その過去について、縋るように、話を続けているような・・・。
その東国滞在中、素白は、その担当医師を、異国の地での頼みにしていた。
彼は、月鬼症候群研究の第一人者の研究団に所属し、治療チームの一人として、自らに対し、献身的に治療に力を注いでくれた。
不羅仁とは、婚約の運びとなっていたが、齢が離れ過ぎていた。また、皇后という重圧、自分が耐えられるだろうか・・・、どうせなら、美蘭がその位置についてほしいぐらいだった。
年嵩で、気の強い、美蘭との確執は、当然、生まれてくるに違いないし、皇宮でやっていける自信など、素白には、毛頭なかった。この苦しい立場は、その病の辛さに、等しい程だったのだ。
16歳の皇后候補の美しい異国の少女が、自分を頼みにしている。
立場としては、医療を施し、彼女の健康を取り戻していくことが、最大の役割になることは、彼も解っていた。
当時、20代後半だった。若き医師は、彼女の為にと、研究にも、ますます、熱が入って行った。
そんな中、約半年が過ぎて行った。そして、完全ではないが、症状の進みを止め、特に、心配された婦人科への影響を止めた、その時が、帰国時期と見做されていた。
・・・そう、できるだけ早く、皇統を紡ぐ跡取りを産むことが、自分の仕事なのだ。自分の気持など、関係ない・・・国の為に、与えられた役割を果たさなければならない。いよいよ、帰国近くなった時、親身に、自分に関わってくれた、頼みにしていた、その担当医師への気持に気づく素白。
「このまま、国で結婚するのは考えられない。私だって、人間なのです。好きでもない人となんて。・・・でも、従わなければならないなんて・・・」
ずっと、聞き続けていた、彼女の辛さ、病と同等の背負わされた運命に、最初は、同情をしているだけなのだと思っていたが、気づくと、彼も、素白に、心を寄せ始めていたのだ。
素白は、一枚の名刺を、月城に差し出した。
雫井咲哉。
それが、素白の病を食い止めた、東国の医師の名前だった。
「・・・?!」
月城は驚いた。彼のもう一つの職業である医師として、よく知った、同輩の名前だったのだ。
かつて、月城も十倉坂大学で、医学を収め、医師の資格を有している。
これは、一般的に、プロフィールとしても、役者としての月城に纏わる、有名な話だった。しかし、素白は、そのことを知る由もなかった。
・・・これも、何かの縁なのかもしれない。
月城は、この話に、聞き入ることになる。
素白の帰国直前、体調が整ったことを受け、東国で過ごした、最後の記念として、病院を出て、数日ならば、お忍びで、市井へ出ることを許された。
体調に何かあった時の為に、同行したのが、他ならぬ彼だった。
その時、雫井と素白は、ただ一度、結ばれた。
「これで、決心がつきました」
年嵩の夫を迎え、皇統の為の子産みの道具にされるなんて。せめて、好きな人と結ばれて、その思い出を胸にと、素白は、スメラギに帰国した。
耀の瞳が示す、漆黒の東国の瞳は、他ならぬ父である、雫井からのものだったのだ。
「大事なお話を、私などに・・・このお話は、墓まで持っていくことに致しますから」
月城は、皇后に、そう約束した。
皇后の過ち2~それぞれの決意と別れ につづく
御相伴衆~Escorts 第二章 第122話 皇后の過ち~「皇后の過ち」
お読み頂きまして、ありがとうございます。
耀と皇后素白が、何故、北の古宮に幽閉されていたか、その理由が、月城に語られました。
偶然ではありますが、月城は役者であると同時に、医師免許を持っており、その事情を知るには、あまりにも、偶然とはいえ、相応しい相手だったのかもしれません。
実は、この「月鬼症候群」というのが、みとぎやのお話の世界『伽世界』の中では、鬼門というべき、女性特有の不治の病となっています。
別の話で、この治療に邁進していく医師の話も存在しており、その中では、月城は医師の立場を取り、登場したりしています。
物語と物語がクロスする点の一つとも言えます。
さて、今までの数馬たちの話に、また一つ、耀皇子の事情が加わってきました。次回から、どのように、皇宮で展開していくか、お楽しみになさってください。
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