
御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 黒茨の苑へ4~異国の舌③ (第144話)
「大丈夫です。私を抑えておけば。貴方もそのようにお考えで、こちらに来られたのでしょう?外交について、学ばれにね。あくまでも、第二皇妃様には、ご内密に・・・ということで」
志芸乃は柚葉の写真を、丁寧に、アルバムに戻した。
これは、つまりは、・・・そういうことだった。
「皇妃様に、ご内密にできれば、そのお嬢様にも、同様ですから」
勘所が解っているのだな。皆、第一皇女様を引き合いに出す。
でも、俺はそれに屈しない。何があっても、何もなかったように、俺は、貴女の元に帰るのです。
貴女のスメラギの為に、俺は・・・。
✿⚔
「珍しい・・・桐藤様が、私の所に来るなんて、お腹でも、壊されました?」
「・・・しらばっくれるな、維羅・・・様づけはやめろ。気持ち悪い」
「はい、じゃあ、以前のようにね、桐藤。・・・まあ、しらばっくれてなんていませんよ。伺っておりますよ。素国語のレクチャーですよね?」
「そうだが、これから、暫く、よろしく頼む」
「はいはい、こちらの関係で、ここの診察室で、週に一度、二時間程となります。基本は、ご自分で、何度も、この発音の音声を聴いて、慣れて頂くしかないですからね。宿題を熟して、その確認をするのが、ここでの進め方ですね。そんな感じで、よろしいかしら?」
「わかりました。・・・あと、いつも、一の姫様のことを診て頂き、ありがとうございます。ご挨拶が遅れました」
「うふふ・・・一の姫様のこととなると、急に畏まるのね。まあ、桐藤らしいけど」
「個人的に話すのは、久しぶりだな」
維羅は、穏やかに微笑んだ。
「ああ、そんなに経ったのね・・・皇統検査以来かしらね?・・・大丈夫よ。貴方なら、一の姫様にご子孫を遺せるに違いないから」
「ああ、それは、姫様が喜ばれる・・・」
そして、少し、目を見開くようにした。
「まあ、臆面もなく。で、将来の為に、素国語をね。良い心がけではないですか?」
「維羅は、素国人なのか?」
「うふふ、どう思われますか?ちなみに、藍語もネイティブですから」
「皇語も上手すぎるな。髪の色が、素国人のようだが」
「でも、ほら、良く見ると、違うの、少し、茶色がかってるでしょ?貴方は?桐藤?」
「私は、スメラギ人です」
「・・・そう、私も同じです。では、早速。あちらで、テキスト頂いてきたのね?これは、柚葉が昔、作ったものが、たまたま、あったみたいね。きっと、ご本人も忘れてると思うわ。これ」
維羅は、俺の杞憂を見抜くように、そう言った。
なんだか、こういう所がある女だ。・・・少し、気が抜ける。
「どうされました?・・・まさか、一の姫様と何か?」
「・・・いや、何も普通ですが」
「何かあったら、そっちの相談も乗りますからね。むしろ、そっちが専門だしね。維羅先生は」
ふざけるようにして、ふと、こちらの緊張を解くのが、上手い。昔から、そうだ。
あの日、志芸乃の元から、貴女の所に戻る前、自室に戻り、全てを洗い流した。
スメラギ上層部には、そういう輩はいないと思っていたが、思わぬ伏兵だった。
「申し訳ありませんが、こちらからに」
「解りました。私にご自分を使わせないお心算ですね」
「・・・」
「いいでしょう。積極的で嬉しい限りです。柚葉殿の一件から、そのようになられたのでしょうか?」
理由は、簡単だった。女の様に処される気はなかったからだ。あの時のように。
「桐藤、お疲れ様です。お帰りなさい。・・・お風呂、済ませて来られたのですね?」
「教練で、汗を掻きましたので」
「香水が、少し、強いように感じます」
「ああ、すみません。お嫌でしょうか?」
「いいえ、むしろ・・・」
最近では、随分、素直に、お気持ちをお知らせくださるようになられて、嬉しい限りなのですが・・・俺としても、そんな貴女の為にも、無意識に、あったことを消したいと、そのようにしていたのかもしれないが。
・・・以前、柚葉が高官接待の後に、二の姫に侍らなければならないのを、体調を理由に逃げていたことを思いだした。
・・・こういうことなのだと、実感した。別の意味ではあるが。
まあ、なんというのか。俺の「皇統」も、正式に使わねばなるまい。できれば、完璧な条件と状況で・・・。
「桐藤・・・嬉しいです」
貴女の所に、無事に、本日も戻って来られました。・・・尽くさせて、頂きますので。
嘘をつく。俺だって、本来なら、貴女の為だけに、と思っておりますから。
色々と考えた。
そして、俺は、兼ねてから、書き綴っていた、今後のことを纏めるノートを新調した。過去のものを纏めて、新しいものに、要点を移して・・・、巻末は、後ろから、何となく、日記を書いた。毎日ではない。大切なことが浮かんだ時、これも、覚書に近いかもしれないが。
机の中の整理を兼ねて、色々と探っていると、写真が出てきた。
・・・ああ、こんなのがあったのか。
良い想い出として遺すならば、写真というものは、現実的で、良いものだと思うが・・・、本当に、物は使い方次第だと思う。
お庭遊びの時の、姫達と同胞、女官達との写真だった。
一枚は、全員で映ったもの。
もう一枚は、有り難い。向かいの部屋におられる貴女との・・・。
俺は、ノートに、この二枚の写真を挟んだ。
なんとなく、栞代わりに、その後も使っていた。
その後、志芸乃の方にも、まあ、いくらか、呼ばれる形になる。繰り返した所で、いいものになるわけもない。
同時に、維羅の下には、素国語のレクチャーで通った。気分的には、不思議と、維羅は、俺の機嫌を取るような対応をしてくれた。押して知る由、なのだろうか?
何も言わずに、良い距離感を取ってくれていた。
維羅の舌は、不思議な感じがする。
たまに、藍語も出てくるので、その時には、こちらも、それを差し込む。
すると、藍語の会話は、見事に成立する。
「藍語、似合うわね、桐藤、上手いし、異国の舌っぽい」
ああ、同じ感想を、そのまま、貴女にお返ししたいのだが・・・、維羅の口元を見ていて思った。
素国語は濁った音が多い印象だ。
藍語はスマートで軽やかな感じがする。
しかし、何故か、維羅には、案外、素国語が似合うかもしれない、と感じた。
俺は、やっぱり、皇語が好きだ。何か、節回しのような、どこか、寂寥感のある感じがする。それが、堪らない余韻となる、響きのある言葉だ。東国語はよく解らないが、ニュースで政治家が話しているのを聞いた時、Sの音が際立って聞こえるような気がした。民族的に近いというが、別の所で、言語的に花開いたというのか、表意文字を同じくして、文法が違うということで、全く、別の言語が成立したのだろう。
「維羅は、素国語が上手い。俺は、その音が好きじゃないが、維羅が喋ると好い語感として、感じられる」
「うふふ、案外、同じことを、お互いに思っていたりするものね」
どういう意味だろうか?
維羅は、いつも、思わせぶりだ。
ある程度、ノートが纏まった。皇宮の人間を、ずっと、観察してきた。
俺が昔、下の者を甚振っていた頃から、良い形で、態度を変えずに接してくれている者たちが、若干だがいる。
俺は、その者たちに、このノートの写しを、託そうと思う。
間もなく、俺が次期皇帝候補となり、御相伴衆の同胞たち三人が、その側近となる。そのことが、発布されることとなる。―――しかしながら、本当に、そのような日が来るのだろうか。俺が、陛下から頂いた、皇帝の証のマントを羽織る日が。未だ、真実味を帯びずにいる。
だが、いずれにしても、俺の思いは、変わらない。
誰が統べようとも、この国の弥栄を願ってゆく。
桐藤は、最後に、そのノートの終い、見返しのページに、三つの国の言葉でこう記した。
“Glory to my Sumer Empire”
「我的皇帝国的宋耀」
「我がスメラギ皇国に栄光あれ」
桐藤追悼特別編「黒茨の苑へ」 完
御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編
黒茨の苑へ4~異国の舌③ (第144話)
実に、お読み頂きまして、ありがとうございます。
異国の舌、の意味ですが・・・
桐藤と維羅は、何気なく、互いの出自を言語から感じとっていたのかもしれません。
次回から、エンディングの章となります。
これは、読む方に納得、というものになるかはわかりません。
何故ならば、このお話は、その後も続くからです。
一応、スピンオフの形なのですが、今回の連載投稿での本編としては、一区切りさせて頂くこととします。
よろしければ、あと少し、お付き合いくださると嬉しいです。
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