見出し画像

医療過誤は、犯罪ですか?

📖 文献情報 と 抄録和訳

医療過誤の犯罪化は患者の安全を損ねる

📕Adashi, Eli Y., and I. Glenn Cohen. "Criminalizing medical errors will undermine patient safety." Nature Medicine 28.11 (2022): 2241-2242. https://doi.org/10.1038/s41591-022-01982-1
🔗 DOI, PubMed, Google Scholar 🌲MORE⤴ >>> Connected Papers
※ Connected Papersとは? >>> note.

[レビュー概要]

■ 医療過誤が有罪と判決された事例
・2022年3月25日、3日間の裁判の末、ヴァンダービルト大学医療センターの元看護師であるRaDonda L. Vaughtは、刑事上の過失による殺人と障害成人に対する重大なネグレクトで陪審員によって有罪が宣告された(🌍 参考サイト >>> site.)https://go.nature.com/3RdjTlu
・筋弛緩剤である臭化ベクロニウムを鎮静剤であるミダゾラムに置き換えるという致命的な薬物ミスに起因するもの
・重過失致死罪は、当該患者が誤った薬を投与された後、適切な経過観察が行われなかったという疑惑に基づく
・2022年5月13日に執行猶予3年の刑が発表された

■ 検察側の主張
・ヴォートは自分の訓練を「無謀にも」無視した『ネグレクト』であるため、マーフィーの死について責任がある
・これは事故やミスではない。Vaughtには、注意を払うべき機会が何度もあったのだ

■ 弁護側の主張
・Vaughtが犯したミスは、無謀な殺人という意識的な犯罪行為ではなく、正直なミスを構成する
・臭化ベクロニウムがマーフィーの死の近因であるという推定をめぐる議論に注意を促した(マーフィーの死が彼女の以前の脳損傷に起因する可能性)

■ 著者の主張
・医療従事者は、医療過誤を減らすために努力を続けている
・エラーのない医療界は価値ある目標であるが、最終的には達成不可能である
・2000年に米国医学研究所が発表した報告書「To Err is Human: Building a Safer Health System」が、医療における安全性に関する最近の議論の出発点となった。この報告書では、「病院内外で発生した投薬ミスだけでも、米国では年間7,000人以上が死亡している」と推定している(📕Institute of Medicine (US) Committee on Quality of Health Care in America, 2000 >>> doi.)。
・薬物有害事象は、主に州の医療委員会と州の看護師会の管轄であり、起訴に値する刑事違反として扱われることはほとんどない。実際、ほとんどの医療過誤は、特定の個人の行動というよりも、むしろシステムに起因するもの。
・ヴォートの弁護人は、このような背景から、「この地方検事局や他の地方検事局が、これを医療過誤の野放し状態と見なさないことを望む」と表明したのである
・犯罪化しても、本件のような医療過誤は防げない。
・医療過誤は、その性質上、不注意で意図しないものである。
・起訴されるという脅しがダモクレスの剣のように突き刺さっていると、「学習と改善へのコミットメント」は簡単にはできない。

✅ ダモクレスの剣とは?
・イタリアのシチリア島にある都市シラクサは古代ギリシャ時代はギリシャの植民地であり、ディオニュシオス2世が治めていた。
・臣下の青年ダモクレスは彼の立場を羨んでいたが、ある日、宴の席に招待され、玉座に座るよう勧められる。
・最初は嬉々として座っていたダモクレスがふと天井を見上げた所、自分の頭上に今にも落ちてきそうな一本の剣が吊られている事に気付く。
・王はダモクレスに「王や権力者は常に地位を脅かされる立場にある。
それでも私のような生活を望むかね?」と説いた所、彼は二度と王の立場を羨むような事はしなかったという。

🌍 参考サイト >>> site.

🌱 So What?:何が面白いと感じたか?

仕事の第一義とは、何だろう。
何も意識せずに、平穏を求めて仕事をしていると、きっと第一義は「事なかれ」になる。
すなわち、お叱りを受けるか受けぬかという価値判断基準である。
ぼくも、新人時代から、たくさんの叱咤激励を受け続けてきた。
叱咤を受けたときには、前衛的な、攻める気持ちを無くしそうになった。
「だったら、やらないことが一番いいじゃないか」と。

一体、ぼくは仕事で何をしたいのだろうと、よく考えたものだ。
「失敗しないために仕事をしているわけではない。成功するために、生長するために仕事をしている」
いつもそのような結論に至った。
つまり、本能的にマイナスを無くそうとする(無気力)自分に対し、仕事とは常にプラスを創出することがその本性であるはずだ、と諌めた。
ひとたび事なかれ主義になってしまうと、「経験畏怖サイクル」に入り込むことになる。
経験畏怖サイクルは、行動の結果を恐れることで、実践行動が減り、結果的に生長せず成功もしない。

では、理学療法/リハビリテーションという職業の本性は、どのようなものだろう。
それは、明らかに前衛的/挑戦的/漸進的なものだ。
だって、患者はいまの状態から『はみ出す』ためにリハビリしているのだろう?
前に進むために、懸命に歯を食いしばって、力を入れているのだろう?
怖い気持ちを抑え込んで、その一歩を踏み出しているのだろう?
そして、『前衛的/挑戦的/漸進的』なものを実践するとき、その帰結として成功だけということはあり得ない。
そこには必ず、失敗や失敗の許容という項目が含まれるはずだ。

とはいえ、なんでも許されるとは思わない。
今回のケースは、やはり職務怠慢があったことが有罪判決に大きく影響しているように見える。
怠慢/故意的は、罰せられる対象なのかもしれない。
「でもさ、その境界線は、どう引くのさ?」
そう聞かれたら、生きた貝のように固く口を閉ざしてしまうかもしれない。

過ちや手違いが起きても気を落とすな。
自分の過ちを意識することほど勉強になることはない。
それは自己教育の最大の方法の一つである。

カーライル

○●━━━━━━━━━━━・・・‥ ‥ ‥ ‥
良質なリハ医学関連・英論文抄読『アリ:ARI』
こちらから♪
↓↓↓

‥ ‥ ‥ ‥・・・━━━━━━━━━━━●○
#️⃣ #理学療法 #臨床研究 #研究 #リハビリテーション #英論文 #文献抄読 #英文抄読 #エビデンス #サイエンス #毎日更新 #最近の学び

この記事が参加している募集