アヒル隊長
僕が子供の頃、お風呂場には常にアヒル隊長がいた。湯船にプカプカ揺られて僕が入るのを待っている。
隊長と僕の間には秘密があった。隊長は僕にだけ話しかけてくれるのだ。ただその黄色く膨よかな外見とは裏腹に隊長の言う事は細かかった。
「ちゃんと肩まで浸かれ」
「あと10数えるまで出ちゃダメだ」
「体拭かずに走り回るな。風邪ひくぞ」
僕も隊長の言う事は素直に聞いた。なんせ相手は隊長だもの。
ところがある日から急にアヒル隊長は何も言ってくれなくなった。その辺の細かい経緯は記憶にない。ただ一晩中泣き明かしたのは覚えている。ちょうど父さんが事故で亡くなった4歳の時の話だ。
僕は今でも隊長とお風呂に入る。3歳の息子と一緒に。相変わらず僕には何も話してくれない。息子とは何か話しているのだろうか……あっ、こらこら、ちゃんと体拭かないと風邪ひいちゃうよ。