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『酔いどれ小籐次留書』シリーズ

 作者の佐伯泰英は「月刊佐伯」の異名をとるほどのハイペースで時代小説を書き続けている作家で、「居眠り磐音」シリーズ、「密命」シリーズ、「吉原裏同心」シリーズなどが有名かと思うが、私の好きなのは『酔いどれ小籐次留書』シリーズである。

御槍拝借

 最初のきっかけは、NHKの新春時代劇だったかシリーズ一作目の「御鑓拝借[
おやりはいしゃく]」がドラマ化されたのを観た時で、主役の竹中直人さんがふざけたところの全くないシリアスな演技を見せてくれ、これが素晴らしかった。
 それで原作も読んでみようとなったのだった。

豊後森藩下屋敷の厩番・赤目小籐次は、主君が江戸城詰之間で同席した四藩主から「城なし」を理由に辱めを受けたことを聞き、意趣返しを決意。敢然と脱藩する。頼みは一子相伝の来島水軍流の秘剣と、先祖伝来の名刀・備中守次直。やがて小籐次は、四藩の大名行列を単身襲撃し、次々と御鑓先を奪うが、その戦いぶりは痛快無比。人気シリーズの礎となるエピソードが描かれた記念すべき第一作。

幻冬社時代小説文庫・公式サイトより

 主人公の赤目小籐次は、低身長、頭は禿げ上がり、「もくず蟹」と言われるようなご面相で、物語開始時点で既に四十九歳、大の酒好きである。これがまためっぽう腕が立ち、手先も器用で、笑うと愛嬌がある。
 普段は父親から教え込まれた刀研ぎの技を生かして、包丁などの研ぎ仕事で生計を立てているが、一作目の「御槍拝借」の時に恨みを買った藩から命を狙われたり、江戸のさまざまな事件に巻き込まれたりで、来島水軍流という秘剣の腕を振るう場面も多い。
 また、かつて小籐次の命を狙った刺客・須藤平八郎の子(赤ん坊)を養子として迎えて育てるなど、非常にお人好しである。

 時代を考えると、四十九歳はおじさんどころかお爺さんだが、旗本・水野家のうら若き女中・おりょうに長年憧れ、おりょう様のためなら死ねると、本当に命懸けで彼女の身を守ろうとする一方で、ろくに話もできないほど純情だ。
 後に夫婦となっているが、それも納得してしまうほど魅力にあふれた男なのだ。男は見た目じゃないと、心の底から思わせてくれる。

 佐伯泰英は、刀どうしの立ち回り描写がとても上手いと感じているが、小籐次の使う来島水軍流は海上で船に乗った状態での戦いを想定した剣術で、技の名前にも「波頭」とか「漣」とか「流れ胴切り」とか波や水に関するものが出てくる。得物も、刀に限ったものではなく、竿や櫂が使われたりしておもしろい。
 またこの時の小籐次が、普段の飄々とした好々爺とは全然違って、やたら格好良い。

 「酔いどれ小籐次」の酔いどれとは、小籐次が酒好きなこととその豪快な飲みっぷりから来た巷の呼び名だが、別にいつもいつも酔っているわけではない。いざという時には酒を控えるなど常識的なところもちゃんとある。
 ただその飲みっぷりは世間の人から「芸の域に達している」と言われて、やたら飲ませてこようとする人も多い。

 シリーズはかなり長いので、もしまだ読んでいない人には、とりあえず一巻の「御槍拝借」をお勧めする。これはシリーズ全体から見ればむしろ前日譚のような話だが、これで小籐次の魅力にはまったら次を手に取ってみればいい。
 序盤の数巻の中では、三巻目の「寄残花恋[のこりはなよするこい]」が私のお気に入り。表題は「葉隠れに散りとどまれる花のみぞ忍びし人に逢う心地する」という和歌のことだが、その歌に小籐次がおりょう様に対する忍び恋を重ねて思う。
 話としては、おりょう様からの相談事(おりょうの主・水野監物の悩み)に小籐次がその武芸をもって見事に応える、という内容になっている。

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かんちゃ
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