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『ドラゴンランス伝説』の幻想

 こんな経験はないだろうか。ドラマ、映画、小説、漫画……何でもいいが、物語の中の登場人物を見て、「これはまるで自分そのものだ」と思ったことが。
 その人物が置かれている背景はまるで違うのに、自分と同じ考え方をして、同じことに悩んでいると感じる。その姿を見ているうちに他の物語、他の人物とは全く違う、感情移入どころかそれがあたかも自分自身であるかのような錯覚を起こし、異様な入り込み方をしてしまうことが。
 若き日の私にとって、『ドラゴンランス伝説』におけるレイストリン・マジェーレが正にそれだった。

 先に物語自体の背景を見てみよう。ウィキペディアからの引用だ。

ドラゴンランス』シリーズ (Dragonlance) は、テーブルトークRPG『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』(AD&D)の設定を基盤として書かれたファンタジー小説の連作。および、その小説の世界を再現するAD&D用設定集とシナリオのシリーズ。それまでのAD&Dにおける世界設定やシナリオを刷新するものとして企画された。
小説は主としてマーガレット・ワイスとゲームデザインも担当したトレイシー・ヒックマンが執筆した。ワイスとヒックマンによる『ドラゴンランス戦記』三部作(邦訳は全6巻)に始まり、『ドラゴンランス伝説』三部作などの続編が多数発行され、全世界で累計5千万部以上を売り上げる等大ヒット作品となり、エピックファンタジー小説ブームの火付け役ともなった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 「ドラゴンランス」

 ファミコンゲーム『ドラゴンクエスト』でRPGにハマり、ついでにファンタジーにハマり、いろいろ読み漁っていた時期に出会った『ドラゴンランス戦記』。まずまず面白かったので、続編に手を出した。それが『ドラゴンランス伝説』だ。
 六巻もあるのでかなり複雑なストーリーだったと思うのだが、私の記憶の中にあるのは、 レイストリンに関するものだけだ。しかも三十年以上も前の記憶なので、これから紹介する内容はかなり曲がった解釈になっている可能性がある。
 とりあえず同じくウィキから、彼の人物紹介を見てみよう。

レイストリン・マジェーレ (Raistlin Majere)
 
人間。クラスはマジックユーザー。キャラモンの双子の弟。若年にして「大審問」に合格した優秀な魔術師。もともと体が弱かったが、大審問を通過した際に行った行為からパー・サリアンによって極めて脆弱な体にされ、両目を人や生物の時間が過ぎていくのを見る砂時計の瞳に変えられる。常に咳をしており、ひどい臭いのする煎じ薬を飲んでいる。冷血で皮肉っぽく秘密主義な性格のため、仲間からも疑惑の目を向けられがち。赤ローブ(中立)の魔術師だったが、最終的に黒ローブ(悪)の魔術師となる。キャラモンの愛情を厭わしく思っており、「一人の全き人間」となることを切望していた。常に人を見下し他者との深い関係を望まないが、仲間を助けるために積極的に魔術を使ったり知恵を働かせることもある。社会的弱者と見做される存在に対しては例外的に打ち解けた態度を取ることがある。権力に対しての渇望があり、力を得るためなら手段を選ばない。

『ウィキペディア(Wikipedia)』 「ドラゴンランス」より レイストリン紹介の抜粋

 双子の兄のキャラモン・マジェーレというのが、レイストリンとは真逆の肉体派で、いわゆる「脳筋」だ。私は昔から押し並べて脳筋キャラが嫌いで、鬱陶しいことこの上ないと思っていたのだが、このキャラモンは特に、脆弱な弟を心配するあまり過保護に過ぎるふるまいをし、彼を常に庇護の対象と考えている。
 これに反発するレイストリンは、一人前であることを通り越し、他の誰よりも優れている自分を見せつけようと、悪神である「暗黒の女王」に挑戦し、自分がその神に成り代わろうとするのが『ドラゴンランス伝説』の物語だ。

 そのために彼はまず脆弱な体を克服して体力をつけ、魔術の実力もアップさせるが、「暗黒の女王」に挑戦するには一つ大きな課題があった。
 それは、女王のいる奈落の扉を開くために、聖女の力(犠牲)が必要だということだ。
 ちょうどその頃、クリサニア・タリニウスというパラダインの聖女が、彼女の信奉する教義によって邪悪と定められたレイストリンと対決しようと、彼の元にやってくる。レイストリンはこれを言葉巧みにたらし込み、「悪を撃つために協力し合おう」と提案する。

 だが、レイストリンはクリサニアと接するうちに、いつの間にか彼女を愛し始めていることに気づく。女王を討ち、自分がそれに成り変わるためには、彼女の犠牲がどうしても必要だ。愛か、野望か……悩んだ末、レイストリンは結局己の野望を優先する。

 一方クリサニアは、すっかりレイストリンの魅力にはまってしまい、彼を深く愛するようになるが、やがてレイストリンの心の奥に、自分を犠牲にしようとする野望があることに気づいてしまう。
 悪を討っても、彼がその悪に成り変わるのでは意味がない。聖女としての使命とレイストリンへの愛の狭間で彼女は葛藤し、だが結局全てを受け入れて、彼女はレイストリンに従う道を選ぶ。

 かくて、クリサニアの犠牲の元に「暗黒の女王」に通じる奈落の扉は開かれ、レイストリンは女王と対決する。
 結果……誰も予想のできない結末が待っている。

 この記事を書くにあたって、私は改めてこの物語を読み返そうと思っていたのだが、最終的にはそれをやめることにした。
 一番の理由は、おそらく今読めばあの頃とは違う感情が起こるだろうと思ったからだ。私はもうあの頃の私ではない。物語が始まったばかりのレイストリンのように、求めようとしてそれを得られない欲望に飢えていた私ではないのだ。過去の私にはもう戻れないし、戻りたくもない。

 よく過去に戻ってやり直すという物語がある。もう一度あの頃に戻りたい、という声も聞く。
 だが、私はそうは思わない。高慢で世間知らずで恥知らずだった私。そんな自分には戻りたくない。過去に戻ったところで何になるだろう。
 たとえば今の私がそのまま過去に戻ってやり直したら、その時々で全く違う選択をするだろうことは予想がつく。だがそんなことをすれば、今の私はもういない。隠しておきたい恥に塗れた過去でも、それを通ってきたからこそ、今の私があるのだから。
 まして、過去の私のままならば、何度やり直しても同じ選択しかできないだろう。その時々で、当時の自分としてはこれしかないと思った選択をしてきた。振り返れば、馬鹿だったなあと思うけれども、その時はそうするしかなかったのだからしょうがない。

 過去は過去として、そのままで置いておきたかったから、私はこの物語をもう一度読むことをやめた。レイストリンに強烈に憧れたあの頃の私を、そのまま思い出の中に留めておくために。
 あれは幻想。幻想は幻想のままでいい。

ドラゴンランス伝説』全六巻
著者:マーガレット・ワイス、トレイシー・ヒックマン
訳者:安田均
発行:富士見書房 1989年〜1992年(絶版)
*現在は、KADOKAWAから電子書籍として復刊になっている。
 『ドラゴンランス』全25巻の7〜12巻。

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かんちゃ
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