顕神の夢(川崎市岡本太郎美術館) 取り零した夢のアトモスフィア
間に合った。というかこの岡本太郎美術館、みなさんは行ったことがおありだろうか。まあなんとも行きづらい場所で、今回の展示は見逃せないなと思いながら最終日に駆け込むパターンなのである。
でも毎回思うのだが、やっぱり来たかいがあったと思う場所なのは間違いない。
顕神の夢。
無意識の中から掬い取ってきたエッセンスを画家というフィルターを通して、紙の上に展開する。その作用が強く表れた作品を一堂に集めたというコンセプトである(私の理解ではあるが)。
ビッグネームも並んでいるなか、その中でも有名ということに価値を置くよりも、純粋に神の国もしくは無意識から拾ってきた大切な画家たちの宝物が見られる作品が選りすぐられていたように思う。横尾忠則でも、萬鐵五郎でも、「あ、知ってる」という作品ではなく「あ、いい」と思える作品に出会うことができた。
私のお目当てはごひいき村山槐多と高島野十郎だったが、槐多のデッサンの力強さ、印象的な色合いはいつも通り私を酔わせてくれたし、高島野十郎の描く蠟燭は、蝋燭という光の本質に迫るものであった。蝋燭の灯りは決して揺らめきを止めることはないが、その形をいったん理想郷から取り出すことで、蝋燭の光の本質をまさにとらえたような画面にくぎ付けになったのである。
他にも目を惹いたのが、横尾忠則の「水のある赤い風景」。
川の流れる昭和の下町といった風情の街並みが赤で塗られているのである。
きっと写生のように描かれたら通り過ぎてしまうような風景なのだろう。
だが、その一面が赤に閉ざされることで私はドキリとし、夢の中で見たような懐かしささえ覚えたのである。
ほかにも、「あらこんなとこに宮沢賢治とか出口王仁三郎?!」などなど不思議な出会いがあった。最終日ということで、なかなか足を運びにくいであろうこの美術館にも結構な人が訪れていたが、快適に鑑賞できる環境であったのもうれしかった。
常設展はいつも通り、太郎エネルギーを存分に浴びることができ満足だった。これから、東京大阪愛知とツアーしてきた作品も帰ってきて凱旋記念展示も企画されているとのこと。タローマンコーナーもしっかり設営されるらしい!!!
また近いうちにこちらに足を運ぶことになりそうだ。