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死んだ時の話

ダイエットしてた時がある。

自分は人生の一番美しいとき、デブだったので、人から愛されずにいた。でも、デブだからじゃなくて、人のことを愛していなかったからだと、中年になって気づいた。あとの祭りである。

デブじゃなければ愛されるかと思って、ダイエットに励んだ。方法も何もない。栄養のないものを食べて、飲む、これだけ。

基本は、ポップコーンに烏龍茶。毎日朝夕30分間走る。夕飯だけ普通に食べる。これだけ。

84kgが57kgになった。

25歳くらいのことだった。

正味1年6ヶ月くらいのことだったか。

3kg落ちるごとに服を買うことにした。

90年代の終わりくらい、グレーか黒で細身の服ばかり、流行った。それまでデブだったから、高田馬場にあるUSバンバンという服屋にしか行かなかった。でも、やる気を出すために、西武百貨店の国内ブランド売り場に行った。

そこで初めてカルバンクラインというブランドのスラックスを買った。

よくお似合いですよ、と、まだデブの俺の姿を見て店員は言った。嬉しくなったが、3kgで一着は守ろうと、売り場を後にした。

ダイエットは最初の5kgは早く落ちる。けれど、踊り場理論というのか、なかなか落ちない時期がある。そして、その踊り場を抜けると、また体重が落ち始める。

踊り場をどう乗り切るかが、大幅ダイエットの肝になる。

食いたい、飲みたい気を逸らす、食いたい、飲みたいという欲望の原因になるストレスを溜めない、この二つ。

後者はかなった。大学院で上に進学しないと決めた自分は、他の院生のように研究に勤しむこともなく、やれることをやってあとは何もせずにぶらぶらするだけだったから。

食いたくなれば寝て、もっと食いたくなればポップコーンを摘んで、食べずに、朝夕のジョギング。徐々に、体重は落ちた。

働きながらだと、こうはいかない。最初で最後の経験だった。今は物騒だし、オヤジ狩りもあるから、こうはいかないはず。

ウエストは減っていたので、カルバンクラインだけじゃなく、高級なブランドを買うことにした。

金はあった。なんせ交際費が発生しないので、金を使うところがなかった。今までは、研究のための本を買っていたけれど、研究を諦めたら本も買わなくなった。

次に買ったのが、アレクサンダー・マックイーンというブランドだった。デザイナーが同い年で、ビアバスストップという店に並んでいた。

キャサリン・ハムネットというブランドのスーツも買った。初めて買ったスーツである。購入用途を聞かれ、就活です、と言ったけど、あの店員、全然行けますと言って丈の短いライトグレーのヘリンボーンのスーツを勧めてきた。今なら、嘘つけ馬鹿、と思えるが、余裕で買った。嘘だったからだ。

痩せると、服も似合ってくる気がして、無駄に散財した。一番の無駄は、ドリス・ヴァン・ノッテンの真っ赤なコート。しかもAラインの。2回着て、フリマに投げた。似合わなかった。

ウエストと脚が細くなってくると、当時流行っていたピタピタの股上の浅いジーンズを買うことにした。ヒステリックス、というヒステリック・グラマーのユニセックスライン。

アラサーなのに、ヒステリックス、痛すぎる。でも、当時は肉が削ぎ落とされるだけじゃなく、羞恥心も失われていた。俺、今、どんどんカッコよくなってる、と錯覚していた。服に着られているだけなのに。

ヒスのジーンズも、フリマに投げた。3000円で売ったから、そこにきた少年、「マジで本物ですか?」と、何度も訊いてた。

だんだん、高額商品に手が出た。

エルメスのシャツ、44000円。
プラダの白いミンクのマフラー40万円。
ドルチェアンドガバーナのジャケット28万円。

が、自身の一番ハマっていたときに、一度に買った最高額である。

で、体重もそのとき、最低点57kgを指していた。

もう、いいかと気が抜けた。

大学の後輩たちと飲みに行った。

当時有楽町にあったバドワイザーカーニバルという店で、ミニスカを穿いたバドガールたちがサーブしてくれた。

もう、ダイエットしなくていいんだ、とビールを4、5杯飲んだ。

その帰途、何か気分が悪くなってきた。遠くから音楽が聞こえる。東西線の中。乗客はまばらだった。周りには後輩たちが乗っていた。

後でトイレで吐こう、と思った。目の前で小汚い格好をしたアベックが大きなチーズを齧っていて、乳製品の匂いが電車に充満していた。大きな、というのは、それこそ、ボンレスハムくらいの大きさのチーズだった。動物園の臭いが、腹の底から、湧き上がってきた。

ゲップが、動物園の匂いと混ざり合って、プラダのミンクの毛臭さを鼻腔の奥に連れて行った。

私は、以前格闘系の同好会でウイスキー6杯を一気飲みしたとき、道端に吐いた胃液の臭いを遠くに嗅いだ気がした。ミンクの毛と、チーズの動物園が、そこまで迫ってきていた。ラッパがどこからか聞こえ、私の目にはぐるぐる回る万華鏡のイメージが、すぐそこまで来ていた。

尻がふわっと浮き上がって、体から力が抜け、空に飛んだ気持ちがして、視野がぐるぐる回る万華鏡の中心に向かって閉じて行った。とても気持ちが良く、幸せな気持ちが私を包んで、そのままブラックアウト。

おそらく死んだ。

一度、死んでると思う。

私は、後輩に頬を叩かれて、早稲田駅の階段で寝かされていた。

今までのことは夢だと思った。痩せてない。何をやっても中途半端なデブのまま。

けれど、横にはプラダのミンクが黄色く汚れ、吐瀉物にまみれているようだった。

これからなんでもできそうな気がした。

プラダのミンクは、クリーニングをして、友人のギャル男に10万円で売った。

「いいんすか!?こんなの安く売ってもらっちゃって、いいんすか!?」と喜んでいた。

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