略語 (1分小説)
パソコンはパーソナルコンピューター、農協は農業共同組合で、ワンセグはワンセグメントだ。
世の中、略語が氾濫している。今さら、とやかく言うつもりはない。
若者が使用していても、だいたい意味は通じるし。
だが、ネットゲームの略語となると。
「よろおね。マエユウ」
よろしくお願いします。前橋祐樹です、か。
私は、心の中で、長髪オタク青年の言葉を訳しながら名刺を受け取った。
名刺の中央には、大文字でMAEYU。左下に、小さく前橋祐樹と書かれている。
これから2時間、このネットゲーム世界王者相手に、取材をしなければならない。
「よろしくお願いいたします。下沢卓三、略してシモタクでございます」
縦書き、毛筆体の名刺を渡すと、ニッと笑った。
ウエートレスが近づいてくる。
「いらっしゃ。お決ま?」
釈然としないものを腹に納めながら、メニューを差し出す。
「アメリカンと、えー、マエユウさんは何になさいますか?ブラックがお好きだと伺っていますが」
ウエートレスは、私の話が長いのか眠たそうな顔。
「『アメ』と『ブラ』で」
マエユウは、ぶっきらぼうに言った。
こりゃ、やっかいなインタビューになりそうだ。
しかし、いざゲームについての話が始まると、さっきまでの愛想の悪いオタクは、どこへいったのやら。
急に、イキイキとした表情に変わった。
「AF最高」
「J/K分からん奴、BAN」
「たまにTK」
アルファベット略語の羅列。意味不明である。
額に汗しながら宇宙語を書きとめ、世界略語辞典を引く。
マエユウは、時間がもったいないとでも思ったのか、走り書きで説明してくれた。
AFは、手に入りにくい武器
J/Kは、ジョーク
BANは、追い出す
TKは、チームで仲間を滅亡させること。
「お待た♪」
ウエートレスが、コーヒーを持ってきた。
「ほら、『アメ』『ブラ』も略語でしょ。ボクらは、それをもっと進化させただけ」
マエユウはブラックを飲み干し、熱っぽい口調でゲームの魅力について語った。
結局5時間。
彼の言葉は、難解きわまりないものだったが、たびたびレクチャーが入ったため、ついてゆくことができた。
ネットゲームなんて遠い世界だと思っていたが、若者が夢中になる気持ちも分かった。
「ありがとうございます。いい記事にします」
最後に、再会を約束。固く握手を交わした。
「GG、CYA!!」
ご機嫌な様子で、店を出て行くマエユウ。
GG? CYA?
世界略語辞典を引く。
「GOOD GAME」「SEE YOU」
GOOD GAMEか。
オタクを極めた男が、使いそうな言葉だ。
伝票をレジに持っていくと、先ほどのウエートレスが対応してくれた。
「『アメ』3、『ブラ』2。-5P」
マイナス5ポイントってこと?
…ハッ、もしかして。
店のドアまでダッシュする。
ドアノブをガチャガチャしてみるが、外へは出られない。
【と、ある一室】
よいしょっと。
パソコン画面から抜け出てきたマエユウは、イスにすわり文字を打ち込んだ。
『昭和キャラ、みっけ』
wwwが、画面上にみだれ飛ぶ。
『最強にする。TKなし』
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