謝罪会見講習会 (1分小説)
「当社の人気スナック菓子『うますぎる棒』に、製造過程で、直径5mmのネジが混入。
商品を召し上がられたお子さまが、口内に、切り傷を負われたとします。
では、どのような謝罪会見がいいのか、みなさんで話し合ってください」
司会進行役の女性部長が、シンキングタイムを与えると、500名の社員が次々と話し始めた。
「社長以下、全員が丸刈りで会見にのぞむべきだと思います」
「丸刈りは、社長だけで充分」
「土下座の方が、日本人のハートにはグッとくる」
「いや、先に男泣きでしょ」
女性部長は、ホワイトボードに『まず、深々と謝罪する』と書いた。
みんなが、うなずく。
『決して笑わない』。熱量とともに、どんどん字が大きくなってゆく。
「最後に肝心なのが、商品はすでに改善されており、安全であるというアピールです。会見の終わりに、うますぎる棒を全員で食べてください」
場内に、冷ややかな笑いが起こった。
スーツ姿の大人たちが一列に並び、スナック菓子をほお張る姿を想像したのだろう。
「カイワレ、牛肉、鶏肉、白米の時も、会見で、関係者が実際に商品を食べていたでしょう?食べる映像が、一番、消費者に安心感を与えるのです」
この意見については、異論反論が飛び交ったが、女性部長は一切答えず、うますぎる棒を社員全員に配りだした。
「みなさん。お菓子の袋を開け、明るい表情で口の中へ入れてください。表情が大切。実際の謝罪会見だと思ってくださいね」
ムシャムシャ、ムシャ。そしゃくする音が響く。
その時。
「ボクのやつ、本当にネジが入っていましたよ。危ないですね」
後ろのほうで、新入社員の声がした。
ニッコリと笑う、女性部長。
「ちょっと、あなた。前へ出てきて」
新入社員が、緊張の面持ちで、会場の一番前まで歩いてくる。
『内部告発者は、危険!』
女性部長が、ホワイトボードに書き込んだ。
「そんな。ボクは、告発する気なんてありませんよ」
新入社員は、あわてて否定。
「今、全員に、ネジを混入したうまい棒を渡しましたが、みなさんは、ちゃんと飲み込みましたよね。
言い出したのは、あなただけです。
社内にいる正直な人は、組織にとっては危険なの。大丈夫。退職金は、はずむから」
室内に、同情まじりのため息がこぼれる。
「さっ、あなたは、もう退場していいわ」
彼が、不満気に部屋から出て行くと、女性部長は、社員たちの方を向き直った。
「では、みなさん。
まだ、世間には公表されていませんが、賞味期限切れの当社の商品が、市場に出回っていることが分かりました。
今から、あらためて、経緯のほどを説明させていただきます」