白線 (1分小説)
「危険ですので、白線の内側までお下がりください」
女性アナウンスの声が、近づいてくる。
胸の鼓動が、トクトクと速くなってゆく。
美しい妻と可愛い子供の顔が、脳裏をかすめる。
「すまん、許してくれ」
もう限界だったんだ。
祖父、親父と続く名家の三代目を継いだ時から、オレの運命は狂い始めていた。
高級車、絶品グルメ、世界旅行、そして華やかな女たち。
表向きはハデに散財していたが、実際は火の車。自分の方針に反対する者は、容赦なくクビにしてきた。
すべてが不安、猜疑心の現れ。就任以降、信用できる者はおらず、心が満たされる日など一日もなかった。
オレは、同行していた側近の部下、数名を振り切り、全速力で、2メートル向こうの白線まで猛ダッシュした。
「危ないっ」「やめてください!」
押さえつけてきた部下たちを、恰幅のいい身体で払いのける。
「白線の内側まで、お下がりください!!」
女性アナウンスが、絶叫している。
オレは、つんのめり、白線を越えたと同時に、前のめりにドサリと倒れ込んだ。
背中に、いくつもの銃口を感じた。うつぶせのまま、両手をあげる。
「撃たないで。亡命です」
全体重がかかったせいで、着ていた人民服のボタンとバッジが弾け飛び、左右のシークレットシューズが脱げ落ちた。
この日を境に、母国は急速に弱体化し、休戦中だった隣接国と、民族統一に向けて歩み出した。
世界は、また一歩、平和に近づいた・・・かな?
※フィクションです。
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