毛皮全面禁止令 (1分小説)
全世界で、毛皮全面禁止令が実施されてから、5年の歳月が過ぎた。
「ユニクロのヒートテックを重ね着して、カイロを何枚も貼り付け、ダウンジャケットを着込んでるけど、冬は、いつも凍死寸前です」
テレビでは、 ロシアの青年たちが、ガタガタ震えながらインタビューに答えている。
「ホンモノの毛皮まで、全部、没収されてしまったからね。密猟でもしない限り、ロシアやアラスカでは生きていけません」
みんな、ウォッカをあおっている。
食事中にテレビを見ていた私は、テレビのチャンネルを変えた。
密猟でもしない限り、ですって?動物たちには、何の罪もないのに。
同じ動物愛護協会のナターシャが、一頭の子熊を抱いて、近づいてきた。
子熊は、萎縮しているのか、ピクリとも動かない。
「保護して、自分の家で育てているの。ねえ、『擬態』って知ってる?」
ナターシャが、子熊の尻を見せた。
「敵に見つからないよう、自らの身体を、周囲に似せる防衛本能」
「そう。葉っぱの形そっくりなカマキリ、木々の色に身体の色を変えるカメレオン。熊にも、擬態の能力があったのよ」
子熊の尻には、「100%ナイロン製」と書かれたタグが付いてあった。
うそ。ぬいぐるみなんでしょ?
子熊の手を握ってみると、生あたたかい。いやいや、きっと、ナターシャが抱いていたから、ぬいぐるみに、体温が伝わっただけよ。
「私の部屋には、テディベアがたくさんあるの。同じ部屋で、熊を育てていたら、だんだん、ホンモノがぬいぐるみに似せてきたのよ」
信じがたい。
テレビでは、フィギュアスケートの羽生結弦選手が、最後のステップをキメていた。
拍手喝采。黄色い熊が次々と投げ込まれる。
「この光景を見ると、ドキドキする。ホンモノが、紛れているんじゃないかって」
私は、テーブルにあったハチミツを、子熊にそっと近づけた。