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『さみしい夜にはペンを持て』を読んだら、noteの初心を思い出した話。

「ことばを決めるのが早すぎる」

この一節を読んだとき、ドキッとしました。

これは、古賀史健さん著『さみしい夜にはペンを持て』に出てくる一節です。

本には、こう書かれています。

せっかちなのか、面倒なのか、答えを決めるのが早すぎる。つまり、言葉を決めるのが早すぎる

手っ取り早く、便利なことばで片づけている。ことばを探す面倒くささに、屈している。おかげで、自分の気持ちから離れた文章になっている。

以上『さみしい夜にはペンを持て』より

まるで、私のことを言い当てていると感じました。
特に、最近の私。

時間がないのを言い訳にして、チャチャッと記事を書いていないか?
無意識のうちに、タイパやコスパを追求していないか?

そう問いかけられている気がしました。

さっそく、最近のnoteを読み返してみます。

すると、「チャチャッとやっつけるように書いたよね?」とツッコミを入れたくなる箇所が、わんさか見つかりました。「いつもの通りでいいや」という思いからくる甘えが、にじみ出ているようです。

「停滞は後退である」と、ドラッカーも言ってます。

まさに今の私のnoteは、停滞気味。
チャチャッと書いて、毎日更新を維持している状態です。
繰り返していたら、成長は見られない。

私のnoteへの取り組み方は、どちらかと言えば質より量という考え方です。ただ、実際に最近の記事を読み返してみたところ、さすがに質がよくないものが多いと感じました。

書き終えてから推敲はしています。
しかし、「ことばを探す」作業はサボっていました。
いつの間にか妥協が増えて、ざっくりと投稿していたようです。

なぜ、私はチャチャっと書くのだろう。

心当たりはあります。
noteに慣れて、少し飽きを感じている。
そんな時にリワークを再開して、時間がないのを言い訳にしている。

時間が取れなくなったのは間違いないです。
しかし、それでもnoteを書くと決めたのは私。
毎日文章を書くのが楽しいはずでした。

しかし、最近の私のnoteは、8か月毎日書き続けた慣れと甘えに支配されている気がします。下手すると、新鮮さが感じられない記事だってあります。自分で痛いところを突くようですが、惰性で書いていたことを否めません。

読んでくれた人に申し訳ないです。

以前はワクワクして書いていたはずなのに、私は何を見失ったのだろう。

原因を確かめたくなったので、自身の過去記事をさかのぼりました。

さかのぼってみてわかったのは、この2つ。

  1. 感謝の気持ちが薄れている

  2. 向上心が薄れている

詳しく見ていきましょう。

1.感謝の気持ちが薄れている

元々、私のnoteの活動軸は、感謝でした。

しかし、日が経つにつれ、「読んで欲しい」という気持ちが強くなり、感謝は薄れていきました。「読んでくれてありがとう」という気持ちはあるものの、心にいつも感謝があったかと考えてみると、残念ながら「YES」とは言い切れない。
無意識のうちに、慣れと傲慢さが見え隠れしている気がしました。

読んでもらえてうれしいという気持ちを、置き去りにしていたかもしれません。言葉では書いているものの、心がこもっていなかったように思います。

そもそも、noteを続けられているのは、読んでリアクションしてくれる方がいるからです。なのに、読者への感謝の心を忘れるとは、いかがなものか。

形骸化した私の活動軸を、もう一度見直します。

謙虚さを忘れずにいたいです。

2.向上心が薄れている

「いや、ゆにって文章術の本とかエッセイ読んでなかったっけ?」
と思ってくださった方、ありがとうございます。

確かにそのとおり。
自分の文章をよくするために、文章術の本を定期的に読みます。
noteの記事にも、役に立つ情報が載っています。

しかし、ある時から「これって、あの本あたりから抜き書きしたんじゃない?」という、謎の上から目線で読んでしまうようになりました。知ったかぶりをして、タカをくくっていたのでしょうね。

実際、本を読んで簡単に身につくほど私自身の能力は高くないですし、世の中そんなに甘くはありません。

文章術は簡単に身につかないから、努力を怠らないで続けようと思っていたはずなのに、ここでも私のせっかちで面倒くさがる面が出てしまいました。
今振り返ると、「何様だ?」と思ってしまいます。

そんな私の目を覚ましてくれたのが、『さみしい夜にはペンを持て』でした。

読みたいから、書いている。

『さみしい夜にはペンを持て』より

小手先の文章術に惑わされ、読みやすい文章を追求しているうちに、中身がスカスカになっていた気がします。
もちろん、文章術も大事。
でも、何を書くかが一番大事なはず。

最近の記事のほとんどは、内容の追求が足りませんでした。楽しく書けるのはもちろんいいことだけど、読んだ人が楽しんでくれるかをもっと考えなければならなかったのです。

すっかり見誤っていました。
何のためのインプットなのか。

今後書き続けるためにも、見失わずに考えたいです。

以上、読書感想文のはずが、note反省文になってしまいました。
やっぱり振り返りは大事ですね。
忘れてしまうといけないので、記しておきます。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


※メンバーシップ書く部「 #書く部のお題で書いてみた 」お題、「私のnote、もっとこーすればいいのでは?」で書きました。

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