社長秘書と珈琲。
このところ、社長の調子が良くない。
病気とかではなく、挨拶が思い浮かばない様子。
ワールド・ブルー社長 蒼広樹の朝は早い。
秘書の私は、社長に合わせて出社している。
コーヒーを出すタイミングも決まっている。
先輩秘書に「いつも一度寝落ちして目覚めるから、目覚める前に、コーヒーが先に出ているようにしてください」と言われている。
本当なら挨拶や雑談でもしながら、コーヒーを出したいところだ。しかし、先輩の指示なので仕方なく、顔も合わせずコーヒーを置いておくスタイルを守っている。
でも、目覚めたらすでに淹れたてのコーヒーがあるって怖いよね?とずっと疑問でもある。
私だったら、ちょっと嫌かも。
そんなことを考えていたら、社長が何やらうめき始めた。慌てて駆け寄ったら、とうとう思考がフリーズしてしまったというではないか。
ずっと室内で動かずに考え続けてたら、息も詰まるだろう。
だいぶ思い詰めた様子なので、心配になった。
意を決して、私は声をかけた。
「社長、たまには外でコーヒー飲みませんか?」
すると社長は驚いて顔を上げた。
「外?こんな時間に空いている店があるの?」
「大丈夫です。よろしければ、ご案内します」
「じゃあ、行ってみようかな」
時間が早いので、社員はまだ誰も出社していない。
静かなオフィスを抜けて、社長を社外の喫茶店へ連れて行った。
このお店は、ワールド・ブルー株式会社から徒歩5分。
喫茶店好きの私が昔から通う、行きつけの店。
朝早くから開いているし、コーヒーはもちろん、モーニングの食パンが美味しい。
社長にとっては初めてのお店らしく、キョロキョロしている。
「ずいぶんレトロなお店。よく知ってるね」
「ここは昔から通っています。コーヒーもおいしいですし、モーニングのパンが美味しいんですよ。朝ごはんは召し上がりましたか?もし召し上がってないのなら、モーニングがおすすめです」
しまった。
好きなお店の話だからって、テンションが上がりすぎて、ペラペラ喋ってしまった。
落ち着け。落ち着くんだ。
気を取り直した。
「誰かに見られて困るようでしたら、私は先に社へ戻ります」
「あ、戻っちゃうの?寂しくなるから、一緒に飲んで行こうよ」
社長がニコニコしながら言ってくれた。
突然の誘いに驚く私。
誰かに見られて、社内で噂になったらどうするんだ。
しかし、社長は無邪気な様子で続けた。
「朝ごはん、食べてないでしょ?さっきお腹がなったと言ってたじゃないか。ここで食べていこう」
んー。
こういうところが社長のいいところなんだよな。
お言葉に甘えて、朝食をご一緒することにした。
「でもいいんですか?挨拶は思いつきました?」
「大丈夫。外の空気を吸ったら、頭が動き出したよ。いい挨拶が思い浮かびそうだ」
「それなら良かったです。安心しました」
誘っておいて心配だったが、気分転換になったようだ。
先ほどの社長室での苦しそうな姿は、ここにはない。
(案内できて良かったな)
先輩秘書には怒られるかもしれない。
でも、これでいいのだ。
微笑みながらコーヒーを飲む社長を見て、満足する私であった。
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