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私の代わりに家事を指揮してくれた小6長男が、社会人に必要なスキルを身につけていた。

子どもは、親の知らないところでグンと成長することがある。

数日前の昼下がり。

息子たちが小学校から帰ってきた。
しかし、私は体調不良で寝込んでいる。
子どもたちが心配そうな顔で、リビングのソファに横たわる私をのぞき込んだ。

「ただいま。お母さん、大丈夫?」

「大丈夫、じゃない…」

私は、体がだるくて問いかけに答えるのが精いっぱい。
苦しそうな私の様子を見て、長男が宣言した。

「わかった!お母さんは、このまま休んでて。僕たち宿題を終わらせたら、家のことやるから!」

そういうと、長男は黙々と宿題に取り組み始めた。いつもなら、宿題の前におやつを食べるが、今日は食べる様子ではない。長男の勢いにのまれた二男も、兄に続けとばかりに宿題の漢字ドリルを広げる。おやつを食べたそうにしていたけど、空気を読んだのか食べようとはしない。二男も真剣な表情で宿題に向かう。

──え、すごい。まじめじゃないの。

普段とは違う息子たちの様子に、私は思わず息をのんでしまった。いつもなら、あれやこれやとやりたくない理由を並べて、宿題に取り掛かるのが遅れていく。勉強が苦手な私に似てしまったらしい。取り掛かるのが遅いところまで、私にそっくり。

ぼうっとする意識の中でも感動するほど、息子たちはシャキッと宿題をやり遂げた。すると長男が立ち上がる。

「じゃあ、洗濯物を取り込んでくるね」

シャキッとしたまま、ベランダへ向かう長男。

「ぼくもいくー!」

二男があわてて後ろをついていった。
後れを取るまいと必死だ。

2人は協力して洗濯物を取り込む。
作業を終えると、洗濯物かごを抱えて、リビングへやってきた。

「今から2人で畳むね」

長男が私に言った。二男はそろそろ遊びたくなったのか、不満げな顔をしている。しかし長男は構わず、淡々と洗濯物を畳み始めた。しぶしぶと、二男も長男に続く。

「ほら、手が止まってるよ」

時おり、長男が二男へ声をかける。慌てて二男は手を動かし、くちゃくちゃと不器用に洗濯物を畳む。その様子をみて不安を感じた私は、起き上がって一緒に畳もうとした。すると、長男が止めに入る。

「お母さん。具合悪いんだから寝てなさい。ソファじゃなくて、寝室のベッドで寝てらっしゃい」

あまりにもキリっとした物言いだ。これじゃあ、どちらが親かわからないなぁと思いながらも、私は言われた通り寝室に向かった。その間も、息子たちの声が聞こえる。

「お兄ちゃん。ぼく、おやつ食べたくなってきたよ」
「洗濯物が終わったらいいよ」
「ぼく、本当は今すぐ食べたいんだよ」
「わかってる。でも今はガマン」
「お兄ちゃん!洗濯物いっぱいあるから、いつまでたっても終わらないよ。おやつ食べる時間が無くなっちゃう」
「大丈夫だから。あとでおやつの時間作ってあげるから。お願いだから、今は手伝って」

みんなに甘やかされて育った二男は、強めに主張すればなんでも自分の要望が通ると思っている。最初は長男に対して戦略的な猫なで声で懇願していたが、意見が通らないとわかるとだんだん苛立ちを隠せなくなった。私は気になって、思わず足を止めた。

「お兄ちゃん、そんなこと言ったって!ぼく、こんなにたくさんの洗濯物、畳めないよ!量が多すぎる!」
「お母さんは、いつも一人で畳んでるよ。今日はお母さんが元気ないから、僕たちがやるの。量が多いから、2人で頑張ろうね」
「いやだ!いつになっても洗濯物なくならないよ!」

──あ、これはそろそろ長男が怒ってケンカになるな。

私は起こるであろうトラブルを見据えて、リビングに戻ろうとした。しかし、私の予想に反して、長男はおだやかに優しく二男を諭し始めた。

「〇〇(二男)くん、お母さんを休ませなきゃいけないのは分かるでしょ。お母さんができないことは、僕たちが助けなきゃいけないんだよ」

いつもの長男なら、言うことを聞いてくれない二男に怒りをぶつけるところだ。それが、どれだけ二男が苛立ちをぶつけようと、長男は動じるどころか淡々と続ける。

「2人で協力すれば、早く終われるよ。終わったらおやつ食べていいから。だから早く終わらせようね」

長男はてきぱきと洗濯物を畳んでいる。その様子を見て観念した二男も、長男に続いてくちゃくちゃと洗濯物を畳む。

私は感心した。

私なら、機嫌のいい時はともかく、イライラしているときにワガママを言われたら、とりあえず強めに注意して圧をかけてしまうだろう。短いけど効果抜群の言葉を選んで、二男の動きを封じ込めにかかるのが私のやり方だ。

しかし長男は、我慢づよく二男に寄り添いながら言い聞かせた。きっと本心は苛立っているはずだが、おくびにも出さずミッションをこなしている。

短気な私から生まれた人とは思えないほど、気の長い子だ。何より、母親である私が出来ないことを、長男はやってのけたのだ。エラいぞ、長男。

感心しながら寝室に入った私は、子どもたちの言葉に甘えて休ませてもらった。

数時間後、夫があわてた様子で帰ってきた。
どうやら、長男が夫に電話をかけたらしい。

「お父さん!大変!お母さんがご飯用意できないから、弁当買ってきて!」

何と長男、夫へ「弁当買ってきて」と具体的に指示していたのだ。「お母さん具合悪いからどうしよう」でもなければ、「早く帰ってきて」とお願いするわけでもない。夕飯をどうにかしなければならないという意識が動いたのだろうか。これには、私も夫も驚いた。

まだ小学6年生の子どもだから、パニックになっても仕方ない。しかも、甘えん坊の二男もいる。なのに長男は状況を冷静にとらえ、夫に連絡をしたのだ。可能な範囲で家事をこなし、出来ないことを見極めて出来る人にお願いする

──あれ?これって、私にはないスキルだ!

私の場合、自分で回したほうが効率が良いと思うと、手伝いの申し出を断ってでも1人でやり遂げてしまう。たとえ追い込まれた状況でも、無理をしてしまう。人に頼るのがド下手な私は、そうやって生きてきた。社会人として致命的。組織のリーダーに最も向かないタイプである。

長男はこのスキルをどこで習得したのだろう。学校かしら。いつの間にか長男は、私の知らないところで社会人が身につけるべきスキルを獲得していた。

──これは、たくさん褒めなきゃ。

そこで、夕飯の時に長男へ声をかけた。

「今日はありがとう。助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
「いろいろできるようになったんだね。頼もしいよ」

すると長男は、顔をほころばせながら照れた。

「そんなことないよ」

ぶっきらぼうな言い方ながら、声は弾んでいる。
食卓に笑顔がはじけた。

ただ1人を除いて。

「お母さん!ぼくだってがんばったよ!」

二男が自分の手柄を主張し始めた。
長男ばかり褒められるから、いじけているのだ。

「〇〇くんもありがとね」

あわてて二男にも感謝を伝えた。すると二男は機嫌が直ったのか、ニコッと笑った。今度こそ、明るい時間が流れる。

そんな中、長男がボソッとつぶやいた。

「あのさ、お母さん。元気になったら作ってほしいものがあるんだけど…」
「え、なに?なんだろう?」

「餃子、食べたいな。買ってきたのでもいいけど、出来ればお母さんが中身を作って、みんなで包むやつがいい」

長男は、遠慮がちに私を見てくる。
そんなかわいい顔で言われたら、断れない。

「わ、わかった。じゃあ、早く元気にならないとね」

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