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育ち方


保育園児の列とすれ違った。保育士さん2人に幼児期の子どもたちが20人ほど。陽気に歩いている子がいれば、興味津々にまわりを見回す子もいて。ひとり俯き加減に自分の世界に浸っているような子もいる。見たところ5歳かそこらか。


保育士さんも大変だな。そう思いながらすれ違った先の地下道に入り、視界に入る情報が少なくなったとたんに。看護学生時代の保育園実習を思い出した。そういえばあの当時の子たちも5歳くらいだった。そう考えながら。


ふと。その当時の子たちがもう中学生になっていることに気づく。やんちゃで甘えんぼでキラキラした瞳で見つめてきた彼ら彼女らももう思春期まっただなか。ああ、もうそんな時間が経ったんだ。


地下道を歩きながら、また思い出す。小児科実習でのこと。担当したその子はほんとうに可愛らしい子で、実習中にめちゃくちゃ懐いてくれて。


朝にその子のところに行くと、近づく気配を察してか部屋に入ったとたんにベビーベッドの柵から顔を覗かせている。そして手を伸ばして抱っこをせがんでくる。


膝に座らせご飯をあげたり、オムツを変えたり。父親になったらこんな感じなのだろうか。そんなことを考えながら。この子のためなら辛い実習も頑張れる。そう思えるほど懐いてくれた、可愛らしい子だった。


その子ももう小学生になって久しい。

中学生、小学生になった彼らは発達著しい時期であり、当時とは比べるべくもなく別人のようになっているだろう。きっと、彼らにとっては毎日が勉強であり成長である。


対して自分はどうだろう。あれからの年月の間に国家試験を受け、看護師になり、いまじゃ偉そうに後輩を指導するようになるほどの年数が経った。いまの自分は成長しているんだろうか。壁を感じる。そんな日々。


業務的なことはひと通りやってきたので、それなりに人に教えることはできるけれども。患者のこととなると分からないことばかりだ。


同じ疾患でも全く同じ症例はなく。そんな患者ごとのオーダーメイドな関わりを求められる仕事であるが。自分の未熟さを痛感する感情とは裏腹に年数だけは経っているので。生きるか死ぬかのラインを行ったり来たりしている患者と関わることがほとんどになった。


自分のさじ加減ひとつで患者の状態が良くもなり悪くもなることもある中で。プレッシャーと闘いつつも思考を巡らせ。同時にいくつものことを観察し考え介入しなければならない状況で。でも分からないことがどんどん出てきて。自分の無力さとも闘わなければならない。


暗い森の中を追われながら、四方八方から飛んでくる罠をかわしつつ、どこにあるか分からないゴールを目指して走っている。そんな感覚になる。


勉強はしているけれども。知識だけじゃどうにもならない経験の壁を感じる。やはり経験の差は大きい。看護師歴何十年の大ベテランの先輩の対応は的確で、患者の状態が持ち直すこともしばしば。少なくとも急激に悪くなるようなことはない。そのため確固たる信頼を医師からも得ている。


どうしても比べてしまう。自分は社会人から看護師になったため、経験値が浅いというのも比較思考に拍車をかけている。


だから。圧倒的経験値の差を少しでも埋めるためには、勉強するしかない。それでもいざ仕事となると経験が物をいう世界で闘う武器が、技術が圧倒的に足りない。そんな現実を見せつけられている。


先日、尊敬する大先輩がさらに上の学校に進むという知らせを聞いた。集中治療室にいる他の人たちも、勉強する姿こそ見せないけれど。言葉の端々に、勉強しないと出てこない言葉や考えが滲み出ている。側から見ると経験でなんとかしているベテランの人でも、積み重ねた知識があるからこその経験であり、的確な対応なんだな。そう気づかされる。


でもやはり。うまく考えて対応できないと悔しい。少なくとも助かる命であるならば、自分の手で良くできるところは良くしていきたいし、急激に悪化する徴候があるならそれに気づいて速やかに対応したい。


自分の目の前で救えるはずの命が失われるのだけは避けたい。そんな自分本位の思考を見透かされたかのように、焦燥しているときに限ってミスをする。医師もそうだけど、看護師も、一つのミスが命を奪いかねない。


わたしも患者を殺しそうになったミスをしたことが一度ならず、ある。先輩たちとそんな話をすると、世間じゃ有り得ないほどのミスをしてきた話がどんどん出てくる。「わたしなんかECMOを抜かれたことあるよ」。笑いながらそう話す先輩だって、たくさん乗り越えてきたものがあるんだろう。


その先輩も、医療界でもレアな資格を持ってるし、どんな症例だろうが的確な対応ができる(ように見える)。きっと信じられないほど多くの知識を積み重ね、経験を積み、今があるんだろう。


焦っても仕方ない部分はある。結局のところ基礎的なことを丁寧になぞっていかないと応用が利かないしミスをする。地道に知識を積み上げて、未知の症例があったなら積極的に経験積ませてもらって。そうしていくしかないんだろうなと思う。


ここまでnoteを綴ってきて。ふと思った。自分、成長曲線のプラトーの時期そのまんまじゃん笑

画像引用 https://manalink.jp/teacher/4252/blog/116より



この時期にいるならば、もがくしかないよね。ミスをしないよう周りに頼って予防線を張り、背伸びをしないことが大事なんだろう。地味だけど地道に勉強を続けていくしかないんだろう。


結局それが、自分を育てていく1番の近道なのだろうと思う。仕事も、心も、いろいろと。育ち方にはショートカットなんてないことを認めることが大前提だけどね。


天才と呼ばれる人、センスのある人はまたこれができちゃうんだけども。まるで子どもが急激に発達していくかのような芸当を大人になってもできちゃう人がたまにいるけども。


平々凡々なわたしはこれからも、時間をかけて、自分なりの最善を尽くしていこうと思う。



だて



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