私欲
「〜したい」
自分のしたいこと。
「私欲」
願望、希望、期待
私利であっても
他利であっても
自分がしたいと思うことは、
「私欲」なのではないだろうか。
そして、それは、
私たちの生きる原動力
となっている。
自分の欲をなくすことなど
あるのだろうか。
私たちは、
自分のしたいことを持って、生きている
のではないだろうか……
中には、自分のしたいことを持って生きていない。
という人もいるだろう。
何かを我慢して
何かを犠牲にして
何か動けていない中にいるのかもしれない。
したいことをして生きていると言えない。
したいことを望むことができない。
希望が持てなくなれば、
生きる気力も失われていく。
こうしてみても
「〜したい」「私欲」は「希望」「願望」
生きる原動力
といえるのではないだろうか。
自分のしたいことを持って生きていないと
そのような人たちの中にも
きっと、
「〜したい」という「私欲」はあるように思う。
その「私欲」をどのように受け止めているのだろうか。
悪いものだと思っているのだろうか。
叶わぬ夢と諦めてしまっているのだろうか。
すぐに手に入れたくなっているのだろうか。
かけ離れた願望を持っているのだろうか。
本当にしたいことがわからないでいるのだろうか。
私欲を悪いものとしていたり、
私欲をしてはいけないと自分を禁じていたり、
私欲を受け取る資格がないと自分を否定していたり、
私欲に対しての考え方で
意味は大きく変わってくるのだろう。
利己的と利他的も
その意味の受け取り方は広い。
一般的には、
利己的は、自分の利益だけを追及しようとする。
利他的は、自分を犠牲にして他人の幸福や利益に尽くす。
人のために行うことも
人に喜んでもらいたいと思っていることであり
それは
自分が喜ぶことにつながっていて、
他利が私欲となるものなのだろう。
「他利私欲」が「奉仕」なのだな。
「私欲」を持たずに生きることはないように思う……
「私欲」はあって当たり前じゃないのか?
「私利私欲」というのは
「自己実現」のように思う。
私としては、自己実現と呼びたいところだ。
私利私欲は、自分本位なイメージがある。
自己実現というのは、思い通りにしていく様なのだから、
ある意味では自分本位なのかもしれない。
だが、他人を省みず自分だけ良ければいいわけでもない。
我が儘に振る舞うものとは、少し違う。
他人を省みないものは「我利我欲」なのだろう。
私利私欲は我利我欲と同義で
あまり良いイメージがないけれど、
自己実現をすることを肯定したい。
自己実現は、私利私欲なのだから。
我利我欲ではなく、私利私欲というものは
生きていく上で、必要なのではないかと
それを肯定していけるといいなと
そんなことを思ってみたり……
〜思いつらつら〜
眠る下書きに息を吹き込んで
世に送り出してみた
今日は、子どもたちと50メートルを何往復も走り
体中の眠っていた細胞が目覚めた
日頃の運動不足には、いい刺激となった
体のあちこちに感じる余韻
自分の体を駆使した感覚に浸れ心地よい
だが、明日は痛みに変わるかな(笑)
そんな今宵
・・お読みいただきありがとうございます・・
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