ビリからはじまる、徒競走1番という名の勲章
ある日、家から帰ってきた子供が、さびしそうにつぶやいた。
「はしるの さいごだったの」
小学校で運動会の練習をして、徒競走をしたところ、ビリだったらしいのだ。
その日は、運動会の2週間前。
足を早くするのに、いちばん簡単なのは、子供の足にあった靴を買うこと。そろそろちゃんとした靴を買おうと、足を専門にしているお店にいくことにした。
子供にあう靴は、取り寄せになり、運動会の1週間前に手に入った。足元がきちんと固定されるよう、きっちりした靴を選んだ。中敷きで、履きやすさも調節してもらった。
「足、早くなったよ」
子供は、新しい靴に喜びながら、走った。子供の走りを見て、嫌な予感を覚える。早そうに見えないのだ。
「ちょっと走ってみて」
もう一度、うちの子を走らせてみた。なんと! 遅いのである。靴でどうこうする次元ではなかったのだ。すまん。子供よ。君はこのままではビリ確定だ。
早く走るコツを調べてみると、走るのに大事なことは、腕をしっかり振ることらしい。
腕を振って歩いてもらった。
右手と右足が同時に出た。思わずずっこけそうになった。腕をしっかり振らせるほど、同じ側の手足が上がるのである。
明らかに発達が足りない。ちょっとやそっと、固める反射や原始反射の統合をして、子供の身体を発達させても、すぐに結果が出ないレベルである。
また、脇が全然しまっていなくて、上半身と下半身の連動感が全くなかった。走る時に、手と足が動いて走っているだけで、胴体が全く使えていなかったんだよね。
しかも、腕を振る度に首が左右に動き、その度に身体のバランスが崩れるうえに、反り腰で、走るほど上体が上を向いていき、足も上がらないのである。うん、そりゃー早く走るのは難しい。はたからみると『やる気あるんか!』という走りである。
僕は、心の中で天を仰いだ。現実の僕は、目がうつろである。どこから手をつけて発達させるか、ものすごく困った。
この日から、走る練習が始まった。いや、腕と足をしっかり動かす練習、だろうか。足を早くするには、足を育てればいい、なんていう安直な方法では、1週間後のビリ脱出は無理である。
やや途方に暮れながら、毎日、原始反射の統合をしながら、走る練習をした。反り腰はなおせなかったけど、なるべく姿勢を矯正(きょうせい)して走らせた。
その甲斐もあってか、運動会、残り2日目ぐらいからスピードがのりはじめ、前日、とてもいい走りになった。目線の使い方も大事にするよう、教えた。最短距離を走る必要があるので、ゴールを見て、まっすぐ走ってもらうようにした。ビリの人間がコースアウトする余裕なんてない。
そして、運動会当日。朝9時からスタートである。朝早く起きて、原始反射の統合と、走る練習をした。1度、身体を動かしておけば、朝9時にはバッチリ身体が動くであろう。本番の朝から差をつけたいのである。小学生の運動会に、本気を出しすぎである。大人気ないが、なりふり構っていられない。
選手宣誓後、プログラムが徒競走になった。距離はおそらく50m。うちの子の順番は後半である。僕は、ゴール付近でタブレットのカメラアプリを起動し、構えた。
徒競走がはじまり、次々と子供たちが走り出す。驚いたことに、足、かなり早いんだよね。5人で競うのだけど、ビリになった子も早いのである。
(これは……下手をするとビリかもしれない)
そんなことを考えながら、ある法則に気づく。どうやら、足の速さが同じような子達で走らせているようである。とはいえ、うちの子に余裕がある訳では無い。勝てるかどうかは、最後は『運』に託(たく)された。
うちの子の番がまわってくるまでに、なぜか目に涙が浮かんだ。ここで泣いたら変な人である。まだ、順番も回ってきていないのに。
『はしるの さいごだったの』
2週間前の寂しそうな声を思い出していた。やれることはやった。でも、他の子達、足、早いんだよね……。1週間頑張ったけど、ビリだったらごめんね、という涙だったのかもしれない。うちの子の順番はまだなのに、先々のことを考えすぎである。
うちの子の順番になった。このグループは、元々4人で競うようである。そのうち1人の子が、走りたくないのか棄権。3人で競うことになった。
「いちについて よーい ドン!!!」
先生のかけごえとともにピストルが鳴り、選手がレーンに躍り出た。
子供、1番でスタートを切った。2番目に足が早かった子が、半歩ほど遅れてうちの子を追った。2番目と3番目の子の差も、からだ2個分程度である。走りきらなければ、すぐにビリ転落するレベルである。
(頼むから、転んでくれるなよ……。まっすぐ走りきれよ)そんな願いが届いたのか、1週間で1番いい走りを見せる。遠目では、2番の子は焦っているように見える。追いつけないようで、焦りからうちの子のコースに、少しコースアウトしてきた。差が、半歩からわずかに開いた。そして、差は開かず縮まらず、ゴール。ギリッギリである。
(え!? 1番!? え!!??)
自分の目が信じられなかった。本当に僅差で、最後に1番だったのか判別つかなかったのである。
(1番……だったよね?)
次の演目の場所取りをしながら、ずっと考えていた。また、ほかのお父さんやお母さんがいるところである。「うちの子、1番、やった!」とは言えないのである。負けた子達もいるわけで、さすがにはしゃぐことは出来なかった。
家に帰り、ビデオ判定会議を行った(笑)
1/10倍速のスロー再生したところ、大事なことがわかった。
『1番、かも?』
ゴールの真横から撮っていればわかっただろうけど、真正面から撮ると、のっぺりしてわかりにくいのである。
なので、家に帰ってきた子供に聞いてみた。
「1番だと思った。先生も『(1番で)おめでとう』って言ってくれたよ」
だそうである。1番ということでいいだろう。ビリは、返上(へんじょう)された。
ビリから一転、1番になった。うちの子もうれしかったし、僕もうれしかった。でも、何も手を打たなかったら、ぶっちぎりのビリだったと思う。
元々の走りを思い出すに、下から数えて、1割ぐらいの走りをしていた。首を左右に振って、反り腰で、ヘロヘロ走ってたのだ。それが、2コースほど横にそれてゴールするのである。
2番目、3番目の子自体、遅くなかった。全体で言うと、中堅ぐらいだったんじゃないだろうか。勝てる要素はなかった。毎日、原始反射の統合をして身体を発達させ、かつ、走る練習をして本当に良かった。
余談だけど、運動会が終わってから、子供に変化が現れたので、合わせて書いておく。
・周りの様子を見れるようになってきた。
スーパーで、ショッピングカートを戻す時に周り見ることができるようになった。横から来る人が目に入るようになり、止まったりよけたりが自然になった。
・素早く物を片付けられるようになった。
おもちゃや、食器の片付けが早くなった。
・ご飯を食べるの早くなった。
食事の時間、下手すると1時間超えることがあったのだけど、30分程度で食べおえるようになってきた。
運動会で、徒競走1番になったことに比べてしまうと、ささやかな感動だけど、おまけのような変化もとってもうれしかったな。※全て原始反射の統合の成果です。
なんにせよ。
1番になって良かったね! おめでとう!!!
ようへい
ご参考)
原始反射の統合とは
原始反射というのは、赤ちゃんが身体を守ったり育てていくのに必要な、反射的な動きのことです。
意図せずにからだが動いてしまいます。
例えば、
・ゆっくり動こうとしても、気づいたら早く動いてしまう
・足裏をツーっとなぞると足指がモゾモゾ動いてしまう
などです。
椅子の背もたれに腰をつけられない、足を組んで座る、反り腰なども関係しています。
原始反射というのは、赤ちゃんから大人になっていく過程で、どんどんなくなっていく(消失する)、と医学的には言われているようですが、大人でも原始反射が残っている方は多々見られます。
大事なことは、原始反射が必要な時はその動きが出て、必要でない時は、引っ込む状態。
この状態を『統合している』と言っています。
統合しているほど、思考力や学習能力も高く、運動能力も高くなっていきます。今回は、子供の原始反射の統合をすることで、身体を発達させ、走りの動きを向上させました。
また、原始反射とは別で、固める反射、という概念もあります。からだが、『怖い、危ない』ということを察知した時に、身体に勝手に力が入り(人によっては抜けすぎる)身を守ろうする動きです。
『よし、身を守ろう!』と思って守る訳では無いんですね。
固める反射が強いと、人とすれ違うだけで『怖い』と感じたり、人のことを悪く思ったりしてしまいメンタル的にもきついですし、対人関係も上手くいかなくなりやすいです。
このページでは、「固める反射や原始反射の統合をすることで、こんないい変化が起きるよ」ということをお伝え出来ればと思っています。
ご参考2)
原始反射があると、こんなお困り事起きます、というページをご紹介しておきますね。