地域工務店が主役となる脱炭素社会のビジネスモデル~地域経済を脅かす外敵に打ち勝つ戦略とは~
日本各地で模索されている脱炭素社会への取り組み。住宅業界では、地域ごとに異なる課題にどう向き合い、持続可能なビジネスモデルを構築していくか―
そのヒントを探るべく青森、仙台、福島にて「Replanフォーラム」を開催しました。
Replanが拠点を置く北海道では、すでに地域独自の住宅性能基準を取り入れた取り組みが進み、高性能住宅による快適な暮らしが浸透しています。こうした成功例を参考にしながら、東北地方や全国で、地場の工務店が中心となり地域社会に貢献できる未来をどのように築いていくかについて議論しました。
行政、研究者、コンサルタントの3つの視点を通じて、地域に根差した住宅づくりの可能性を共有することができました。
<行政の視点から>
年間3,000億円を県外に流すのではなく、地域で循環させる
各県庁の担当者にご登壇いただき、地域ごとの取り組みや現状を紹介していただきました。環境局や建築局を中心に、自地域の住宅性能基準を設定しようとする取り組みが各地域ではじまっています。
一般的には、住宅性能基準の向上は環境保全や、エネルギーコストの削減、また個人の暮らしの質を高めるという点が注目されがちです。しかし、それだけではなく、実は「地域経済」の活性化にもつながる話なのです。
経済原則において、地域経済を発展させるための方法は
①使うお金を減らす
②地域内で循環するお金を増やす
③外貨を獲得する
の3つしかありません。
ところが、現状ではむしろ、県外や海外にどんどんお金が流出している地域のほうが大半です。
たとえば、青森県では年間約3,000億円が電気代として支払われており、そのうちの多くが、石炭や石油を輸入している海外に渡ることになります。日本全体でみれば総額は27兆円にも上ります。
これだけのお金が地域に残せたら、その地域の経済はどれほど潤うでしょうか。
これまで、石油や石炭による発電に依存していたものを、地元の自然エネルギーや太陽光発電でまかなうことで、エネルギーの関連費用を地域内で循環させることが可能となります。
また、家のすき間をゼロにして、住宅の断熱・気密性能を向上させることで、そもそも電気や灯油などを使わなくても快適な暮らしが送れるようになります。これまで光熱費として使っていたお金を、他のなにかに充てることができるようになります。
性能の良い家を建て、かつ自家発電したエネルギーをつかう。こうした取り組みを通じて、地域により多くのお金を「残す」ことで、地域全体の持続的な発展を実現することが期待されています。
<研究者の視点から>
地域の行政と工務店が今こそ住宅性能基準を議論すべき理由
東京大学の前真之先生にご登壇いただき、地域ごとの断熱性能基準や将来の省エネ基準の方向性について解説をいただきました。特に、地域の特性に応じた住宅性能基準の設定が重要であり、そのためにも、行政と工務店が議論をしていかなければいけない、という点を強調されていました。
住宅性能基準については、現在は国交省主導で行われています。2025年4月以降に着工する住宅に関しては、「省エネ基準4等級」が義務化されます。
さらに、2030年にはもう一段階上のZEH(ゼロエネルギーハウス)基準まで引き上げようという流れが見られます。
しかし、専門家の考えではZEH基準では、必ずしも十分な省エネ効果を期待できないという課題も指摘されています。太陽光発電を取り入れるという点では評価できるものの、断熱や気密性能の基準値がそれほど高いわけではないため、依然として電力を消費し続ける住宅ではある、という側面があります。
特に今回のフォーラムの開催地である東北地方などの寒冷地(断熱性能区分で2~4地域に該当)では、ZEHを超える「省エネ等級6(HEAT G2相当)」以上の高性能の住宅が求められます。
しかし、そうなると今度は建築の難易度も上がります。特にハウスメーカーでは工場生産の鉄筋コンクリート住宅を多く取り扱っています。鉄筋コンクリートは木材に比べて熱を伝えやすく、断熱性能を確保するのが難しいのが特徴です。だからと言って、大手メーカーが、これまでの生産体制や販売体制を、今から大幅に転換するのは現実的ではありません。
結局、ハウスメーカー各社のロビー活動も影響し、全国一律で高い基準を設定することにはなりませんでした。
2025年以降は建築基準法の改訂と併せて、住宅性能基準を地域ごとに独自に設定できるようになる見込みです。これまで、住宅に関しては国土交通省が一元的に基準を決めていましたが、今回の改訂により地域の特性やニーズに応じた柔軟な対応ができるようになります。
そして、こうした取り組みを成功させるためには、行政と地域の工務店が密接に連携し、地域ごとにどのような性能が必要かを議論しながら基準を構築していかなくてはいけません。
<コンサルタント・メディアの視点から>
地域から追い出すべき「敵」はだれか?
今回のフォーラムでは、僕も多くの住宅現場に関わるコンサルタントとして、また住宅メディア「Replan」の運営者として、全国の事例や業界の動向を踏まえた見解を共有しました。
僕からのメッセージはシンプルで「地域から追い出すべき“敵”は誰か?」という問いを皆さんで一緒に考えていきましょう、というものです。
地域の経済を守るためには、地元でお金を循環させる仕組みを作ることが欠かせません。しかし、ハウスメーカーやパワービルダーといった大手企業が主力となってしまえば、住宅購入の利益が地域外に流れ、地域内にお金が残らなくなります。
そこで、こうした存在を地域から排除し、地元の工務店を優遇するようなルールづくりを提案しました。
たとえば鳥取県は全国に先駆けて地域ごとの住宅性能基準を独自に設定した地域です。
実は鳥取県は全国でも珍しく、総合住宅展示場が存在せず、ハウスメーカーのシェアが低い地域なのです。そこには、雨が多い山陰地方だからこそ、全国的には当たり前の「バルコニー付き」の需要が低く、ハウスメーカーの住宅があまり売れない、という事情があります。
全国で画一的なモデルを供給している大手ハウスメーカーがいないからこそ、行政と地元の工務店が中心となって、地域の天候やニーズに合わせた独自の基準が設定しやすかった、という背景があったのです。
東北地方においても、たとえば「省エネ等級6(HEAT G2相当)」を地域独自の基準として設定すれば、ZEH以上の住宅をつくるのが苦手なハウスメーカーは参入しづらくなります。
こうした基準を設けることで、地元の工務店が活躍しやすい市場が生まれ、結果的に地域経済の循環も促進されていきます。
ただし、同じ東北地方でも地域ごとによって課題は異なります。
たとえば、福島県ではローコストビルダーが市場の6割を占めており、価格の安さを優先した住宅が多く供給されています。宮城県では、仙台市を中心に大企業の支店経済が主流で、ブランド志向が強いことからハウスメーカーが圧倒的なシェアを占めています。一方、青森県では、ハウスメーカーやパワービルダーの影響は比較的小さいものの、住宅市場が活発とは言えず、十分な住宅投資が進みにくい状況にあります。
こうした地域ごとの特徴や課題を踏まえ、行政と地元の工務店が連携して「その地域にはどのような住宅が求められているのか」をしっかりと考えることが、取り組みの第一歩としてとても大切なことです。
地域の特性に応じた基準が明確になれば、私たちもメディアとしてそれを広く発信し、地域全体で「あるべき住宅」の共通認識を持つお手伝いをすることもできるようになる、と考えています。
地域に根差した住宅づくりの未来
地域ごとの住宅性能基準を考えることは、環境やエネルギーの課題解決だけでなく、地元の工務店を支え、地域経済を循環させる大きなチャンスでもあります。
フォーラムで共有されたアイデアや事例をきっかけに、来年以降も、地域の特性に即した基準づくりや情報発信を進めていきたいと考えています。これからも多くの皆さんと一緒に、その地域に合わせた、住みよく、環境に良く、経済にも良い住宅を考える場を広げていきたいと思います。