時を編む、
「おじゃまします」
「すう、いらっしゃい〜」
今日は、編み物をするために紬さんのお家に。
「どうする?何を編む?」
そう尋ねられ、
「まんまるのコースターがいいです」
と答えることができ安堵。
私はよく声が詰まる。初めて、二度目まして問わず、緊張を感じると苦しくなる。でも、紬さんと話すときは不思議と大丈夫。喉が渇いて苦しくなることもないし、自分の声がちゃんと届いてる感じがする。きっとそれは、紬さんが私の目をしっかりと見つめて、微かな声でさえひとつひとつ丁寧に拾ってくれるからだろう。午後三時の木漏れ日のような、そんな温もりを、紬さんから感じ取ることができる。
ポツリ、ポツリと窓の外の雨音と同じように。胸に残る話を溢していく。時に、ふふっと肩を寄せ合ったり。時に、目を真ん丸くしてみたり。
「なんでだろ、なんで丸にならないんだろ」
「一回やってみるから、見てて、すう」
じーっと。紬さんの指先を見つめる。きちんも切り揃えられたまん丸の、「かわいい」が似合う爪先。そして、一目、一目。ゆっくりとじんわりと編まれていく毛糸。
「…わかった気がします!もう一回やってみます」
今度は私が一目、一目。ゆっくりと編んでいく。編むたびに心が穏やかになっていくのを感じてまた、じんわり。まだ始めたばかりでわからないことも、できないこともたくさんだけど、それでもなんだか楽しくてどんどん夢中になっていく。
「えー、なんでだろ。できない…」
「そういうときは、ひと休み。お茶でも飲みな〜」
ジャスミンティー、玄関のタイル、観葉植物、壁にかかっている東南アジアの布…。紬さんの家にあるもの全てが暖かみを抱えている。
「できない…」
何度やってもできなくて、素直に落ち込む。
私は要領が悪い。みんなに追いつこうと頑張っていても、気づくと足がもつれていたり、転んでいたり。できないことばっかり目について、悲しくなって。落ち込んで。夢中になれるものを見つけたと思ったのに、編み物もできないものなのかな…。心が俯く。
「大丈夫、できなくても」
「…え?」
紬さんは大切なことだから、覚えておいてねと柔らかく、先生が生徒に言うように。しっかりと、はっきりと、私の心に紡いでいく。
「大丈夫。できなくても。やりたいなって思う心を大切にして、やってみることができてる。もうそれで、えらいんだよ」
私も目をじーっと見つめて、それから紬さんは微笑む。
「焦らない。ひと針、ひと針。ゆっくりで。ほかの人のペースなんて気にしなくていいの。すうのペースで編んでいけばいいんだよ〜」
紬さんのアルトの声は私の心にじんわりと大切でそして忘れてはいけない時間を残していく。人生の躓きとか、そんなこと一言も言っていないのに。大丈夫、大丈夫って背中をトントンとするような調子で、紬さんはかけがえのない時を編む。
ひと針、ひと針。ゆっくりでいいんだ。私のペースで編んでいけたら…。
「あっ、またまちがえ…」
「大丈夫、落ち着いて、ちょっと解いて。またもう一回、ゆっくりやったらいいよ」
そっか、間違えたらまたやり直したらいいんだ。そうやって、ゆっくりと丁寧に。私の日々を編んでいこう。いつだって誰かの心に素敵な時を編み込んでいく、紬さんのように。
あとがき
大好きな先輩に宛てた作品。私の心をじんわりと癒してくれる、そんな先輩の姿がずっと私の憧れです。私らしさを忘れずに、日々を編んでいくことの大切さが。誰かに届いたらいいなと思います。
またみなさんにお会いできますように。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?